昨日、珠子に連絡したのかもしれない。それで付き合うことになったのかも。

俺は海斗の少し後ろを歩きながら、もうすぐ終わってしまう親友で恋人の立場を噛み締めていた。
お前と付き合うことにしたのは、ちょっとした興味本位だから。もしくは、記憶喪失のテンプレをやってみたくなって。

終わるときは冗談で済ませると決めていたじゃないか。
そんな風に言えば傷は浅く済んだから。
少し気まずさは残るだろうが、海斗の幼馴染みをやめないでいられる。最初からその計画だったのだ。
よし言おう。
そう決めた俺はどこまでも自分本位でずるい。
海斗に告白した女子たちみたいに、自分の気持ちを正直に言うことさえできないのだから。

俺が口を開こうとしたそのとき。

「記憶喪失ってのは、うそだ」

もっと残酷な現実が突きつけられた。

「は? うそ?」
「あぁ」
「記憶が、戻ったんじゃなくて?」
「冗談のつもりだったんだよ。お前が信じるとは思わなくて」

膝から崩れ落ちそうになるのをなんとかこらえるが、海斗の顔は見られなかった。
最初から海斗は記憶喪失なんかではなかったのだ。どうして確かめなかったのだろう。医師が来るまで病室にいれば、すぐに海斗の冗談だったとわかっただろうに。

最悪だ。知られてしまった。いまさら冗談なんて言ったところで海斗は信じないだろう。俺の気持ちが本物だと察したはずだ。

「だったら、最初に言ってくれれば……」

発した声は情けないほどに掠れていた。
冷静さなんて保っていられない。
唇は震えているし、恥ずかしさで涙が浮かぶ。

「お前があんなこと言うから、冗談だって言えなかった」

俺が思わず顔を上げると、海斗はバツが悪そうに頭をガシガシとかいた。
俺を見るその顔には一つも嫌悪感は浮かんでいない。彼の頬はやや上気していて、なんだか一世一代の告白をする前のようだ。

「あんなことって」
「俺とお前が付き合ってるとか」

顔に一気に熱が集まってくる。
そもそも、あんな形で海斗を騙そうとなどしていなければよかったのだ。
これは完全に自業自得。告白する勇気さえないから、こんな結果になる。
バレ方としては最悪ではないか。

「でも、嬉しかった」

信じがたい呟きに俺は目を見開いた。

「嬉しかった?」
「あぁ、当たり前だろ」
「珠子は?」
「誰だよ、珠子って」
「昨日の……」