俺は彼から一週間ぶりに〝空〟と呼ばれ、胸をときめかせていた。名前を呼ばれただけで喜ぶ自分が虚しかった。

***

「あのね、わたし……ずっと鈴木くんのことが好きで」

その日の放課後、俺は告白スポットの定番である校舎裏に呼び出されていた。
俺に手渡されたのは小さなメモ。そこには目の前で頬を赤くするクラスメイト、高城珠子《たかぎたまこ》のIDが書かれている。でも、俺宛じゃないだろう。

「海斗に渡してほしいってことだよね?」
「う、うん。お願いできるかな? 鈴木くん……あ、海斗くんの方ね。海斗くんに話しかける勇気がなくて。鈴木くんは幼馴染みで仲いいって聞いたから」

告白する勇気がない女子は、俺が海斗の幼馴染みで隣の家に住んでいると知るや否や、俺を海斗との繋ぎにする。
彼女がいるかいないかを探られることも多かった。
珠子はおとなしそうな顔、痩せ型、黒髪ストレートという海斗好みのタイプだった。
どうやら俺の恋はもうすぐ終わるらしい。このメモを海斗に渡したら、その翌日には珠子と付き合うことになった、ごめんと謝罪と報告があるだろう。

「わかった」

俺がメモをポケットに入れると、荒々しい足音が聞こえてくる。
そして突然肩を後ろに引かれた。

「空!」
「海斗? なにしてんの?」
「なにしてんのはこっちのセリフだ! お前はなにしてんだよ!」

海斗は慌てて走ってきたみたいだ。
まさかまさかの展開が起こっている。
これは王道テンプレではないか。間違いない。ほかの女子に告白されているのを見て嫉妬するパターンのやつだ。

だったらいいけど、そんな期待をするほど俺はこの恋に夢を見ていない。

海斗がどうして怒っているのかはよくわからないが、慌てるほどのなにかがあったのだろう。あぁ、もしかして珠子を見て可愛いとでも思ったか。俺に奪われるかもしれないと焦っているのかもしれない。

「わ、わたし、もう行くね!」

海斗の怒鳴り声に驚いたのか、珠子が慌てた様子でバタバタと走り去っていった。
いずれ付き合うのだとしても、好きな男が目の前で女と話しているところなんて見たくなかったから、珠子がいなくなってくれてほっとした。

「なにって、あの子に呼び出されたから応じてただけだけど」

高城珠子の名前は出さなかった。海斗に彼女の名前を教えてしまうのは悔しいから言わなかったのだ。こういう嫌がらせをしたのは初めてじゃない。

俺の言葉に海斗の機嫌がますます低下する。

「なんか受け取ってただろ、あれなんだよ?」
「彼女のID」