それは本当の話だ。
彼女とどこに行ってなにを話したのか、海斗はそれはもう詳細に語った。
俺はファストフードで海斗の彼女がなにを食べたかも知っている。

「初体験って、まさか……」

海斗はちらちらと俺を見た。

「俺とはしてないよ、まだ」

俺がそう言うと、海斗の頬が赤らんだ。

「っていうか、記憶喪失ってそういう知識は残ってるわけ?」
「わかんねぇ。なにがわかって、なにがわかんねぇのかがわかんねぇ。男と男がどういう風にするのかは知ってる」
「必要条件と十分条件の定義は?」
「なんだそれ? 数学か?」
「数学。けど海斗の答えとしては間違ってないな。テスト前は俺と一緒に一夜漬けタイプだから一ヶ月も前のことなら忘れてても無理ない。7×4は?」
「28だろ。お前、俺をバカにしてる?」
「まさか。海斗って九九で七の段が一番苦手だったんだよ。数学って言葉が出てくるなら、小学校レベルの計算なんかは覚えてるんだろうなと思ってさ。記憶喪失ってそういうもんなのかな。とりあえず先生呼ばないと。じゃ、俺、一度帰るから」
「お、おう」

あっさりした俺の態度が意外だったのか、海斗はなにか言いたげに俺を見ていた。
視線に気付いていたけど、俺は気付かないふりをして病室を出た。

お前は誰にでも親切だけど、自分から構いたいタイプなんだよな。追いかけられるより追いかける方が好き。
俺たちが親友になったのも、一人でいる俺を放っておけなくて海斗がしょっちゅううちに来てくれたからだ。
だから俺は初めて、親友でしかなかった関係に一石を投じはしたけど、それだけで満足していた。海斗の記憶が戻ったら、冗談とでも言えばいい。
王道テンプレな展開だったとしても、俺は少女マンガのヒロインにはなれない。

***

一週間後。
俺は退院した海斗を迎えにインターフォンを鳴らした。
しばらくするとバタバタと走る音と、海斗のお母さんの声が聞こえてくる。

「ちょっと海斗! お弁当忘れてるわよ! 階段から落ちて頭を打ったせいで、前よりチャランポランになったんじゃないの!?」
「知らねぇよ! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」

家の前で待っていると、ややあってドアが開く。

「おう」
「おはよう」

俺が笑うと、海斗は気まずそうに目を逸らした。たぶん今、付き合ってると言われたことを思い出したんだろう。