今から話すのは、記憶と呼ぶには余りにも断片的な記録だ。日本の高校に入学してすぐの、16歳の誕生日を迎えたころの話だ。
「危ない」
――と、叫ぶ聴き慣れた友人の声と、女性の悲鳴が聞こえた。金属がパーンと何かに当たる音と、唸るような、エンジンの音が聞こえる。ぐいと左腕が引っ張られ、倒れ込み。反動でアスファルトに身を打ち付けた。グラウンドで転ぶよりもずっと痛いはずなのに、そのすりおろす様な痛みより先に……右半身に火で炙られたような痛みが爆ぜた。全治3ヶ月。斜め後ろから暴走した車両によるひき逃げ。自動車のバンパーが斜め後ろから膝を強打したことによって、足の骨と靭帯は大きな損傷を負ってしまった。
「そう。今は痛み止めも入っていて……多少楽だとは思うけれど、後でまた手術しなくちゃいけない」
白衣を着た医師は、僕のベッドサイドに腰を曲げて説明をする。目があった看護師さんが微笑んだ。
「1回目の手術は終わっているわ。リオくん。よく頑張ったよ」
感覚の鈍い右脚に目を遣ると、白い布で目隠しがされていて患部を見ることはできない。
「傷口は見ない方がいい。お母さんも、気をつけてください」
素早く頷く母親の表情は、今まで見たことないほどに焦っていた。
「僕って、重症なんですか」
「そうだね」
でも、と隣にいる母親の背中をさすりながら看護師さんが口を開く。
「若いから。リハビリを頑張れば、すぐに元気になれる」
医師は程なくして部屋を立ち去った。
母の帰った後の病室は、ひどく退屈だった。僕の身に降りかかった膨大な情報と、麻酔の感覚鈍化に頭は回らない。交通事故に遭った、という実感が全く沸かずに記憶をたどる。しかし途中に時間の断絶があり、もう何故だか明瞭に思い出すことができない。ぼう、と痛みに耐えながら母の持ってきた楽譜を眺めていると1週間が経ち、2回目の手術を迎えた。手術室から帰ってきて、目覚めた朝。ベッドテーブルに紙袋が置かれていた。忙しそうな看護師さんを止めて訊くのも申し訳なく、僕は勝手に中身を取り出した。
「お見舞い……」
クラスメイトからの、お見舞いの寄せ書きだった。こういうの、慣れていないんだよなと思いつつも、実際に、いつもの見慣れた個性あふれる、文字を視ていると心が穏やかに凪いでゆくのを感じた。寄せ書きをそっと紙袋に戻したその日の夜は、入院してから一番ぐっすりと眠れたのだった。
「理音。好きだ」
真剣な表情で、隣町の制服を着たマキが僕の肩を掴んで言う。あれ、マキって前のカノジョと別れたんだっけ? 心臓がドクンドクンと大きな音を立てている。
「目、つむって」
そのまま引き寄せられ、マキがまぶたにそっと触れる。
「危ない」
――と、聴き慣れたマキの叫び声が聞こえ。
目が醒めた。飛び起きた寮の部屋は静まり返り、早朝の空気がひんやりとしている。どれが正しい記憶だったか。たった1年くらい前の話のはずなのに、僕の夢とうつつの境界は曖昧だった。
「危ない」
――と、叫ぶ聴き慣れた友人の声と、女性の悲鳴が聞こえた。金属がパーンと何かに当たる音と、唸るような、エンジンの音が聞こえる。ぐいと左腕が引っ張られ、倒れ込み。反動でアスファルトに身を打ち付けた。グラウンドで転ぶよりもずっと痛いはずなのに、そのすりおろす様な痛みより先に……右半身に火で炙られたような痛みが爆ぜた。全治3ヶ月。斜め後ろから暴走した車両によるひき逃げ。自動車のバンパーが斜め後ろから膝を強打したことによって、足の骨と靭帯は大きな損傷を負ってしまった。
「そう。今は痛み止めも入っていて……多少楽だとは思うけれど、後でまた手術しなくちゃいけない」
白衣を着た医師は、僕のベッドサイドに腰を曲げて説明をする。目があった看護師さんが微笑んだ。
「1回目の手術は終わっているわ。リオくん。よく頑張ったよ」
感覚の鈍い右脚に目を遣ると、白い布で目隠しがされていて患部を見ることはできない。
「傷口は見ない方がいい。お母さんも、気をつけてください」
素早く頷く母親の表情は、今まで見たことないほどに焦っていた。
「僕って、重症なんですか」
「そうだね」
でも、と隣にいる母親の背中をさすりながら看護師さんが口を開く。
「若いから。リハビリを頑張れば、すぐに元気になれる」
医師は程なくして部屋を立ち去った。
母の帰った後の病室は、ひどく退屈だった。僕の身に降りかかった膨大な情報と、麻酔の感覚鈍化に頭は回らない。交通事故に遭った、という実感が全く沸かずに記憶をたどる。しかし途中に時間の断絶があり、もう何故だか明瞭に思い出すことができない。ぼう、と痛みに耐えながら母の持ってきた楽譜を眺めていると1週間が経ち、2回目の手術を迎えた。手術室から帰ってきて、目覚めた朝。ベッドテーブルに紙袋が置かれていた。忙しそうな看護師さんを止めて訊くのも申し訳なく、僕は勝手に中身を取り出した。
「お見舞い……」
クラスメイトからの、お見舞いの寄せ書きだった。こういうの、慣れていないんだよなと思いつつも、実際に、いつもの見慣れた個性あふれる、文字を視ていると心が穏やかに凪いでゆくのを感じた。寄せ書きをそっと紙袋に戻したその日の夜は、入院してから一番ぐっすりと眠れたのだった。
「理音。好きだ」
真剣な表情で、隣町の制服を着たマキが僕の肩を掴んで言う。あれ、マキって前のカノジョと別れたんだっけ? 心臓がドクンドクンと大きな音を立てている。
「目、つむって」
そのまま引き寄せられ、マキがまぶたにそっと触れる。
「危ない」
――と、聴き慣れたマキの叫び声が聞こえ。
目が醒めた。飛び起きた寮の部屋は静まり返り、早朝の空気がひんやりとしている。どれが正しい記憶だったか。たった1年くらい前の話のはずなのに、僕の夢とうつつの境界は曖昧だった。