チャイムが鳴った放課後の廊下は、足早に教室を飛び出る人や友人同士での雑談に興じる人など様々であった。特に用事のない僕は、自分の部屋のある宿舎へと向かっていた。その時、見覚えのある顔が向こうからだんだん近づいて来るのに気付いた。マキだ。当の本人は、僕のことなど気づいていないかのように淡々とこちら側へと進んでくる。
「ねえ」
 僕を無視して通り過ぎようとされる。しらじらしい腕を掴むと、意外にもマキは立ち止まり、僕を一瞥する。しかし何も言わない。じれったくなった僕はマキを睨み上げた。
「忘れたの? 友達だったよね」
 掴まれた腕を振り払われた。
「もう友達でいる資格なんかない。だから違う」
 口を開いたかと思ったら意味の分からないことをくぐもった声で言い出した。
「資格って、なにそれ」
 友達かどうかに資格なんて無いだろう。お互いに友人だと思っているから、そうなんじゃないか。
「お前、分かっているだろう?」
 僕の足元を見て言い放つ。思わず右脚を一歩引くと、マキは眉をしかめた。
「まだ痛むんだろ。その怪我」
「別に。もう平気。こんなの大したことじゃない」
 事故にあってからどれだけ経ったを思っているの。ピアノが満足に弾けなくなったことよりももっと辛いことがあったのに、それに当のマキは気づいてくれていない。
「大した事だろうが」
 深く溜息をつくマキは、しばらく沈黙した後で、重い口を開いた。
「反省したんだよ。お前の将来を潰した俺なりの反省……なのに、何でここに来ちまったんだよ」
 的外れな反省がこんなにも不快だとは初めて知った。噛み締めた唇の端がぴりりと切れる。相手が口数少ない故に、こちらが馬鹿みたいに怒っている風でますます苛立ちが募っていく。嫌いなんかじゃなかったはずなのに、僕の中で嫌いという感情が沸騰しそうになる。
「あのさ、放課後の練習室借りてるから…、どいてくれない?」
 火に油を注ぐとはまさにこのこと。こちらが何も返事をしないのをいいことに、僕を押しのけようとした。
「歌、聞かせてよ」
 目が合った。暗い緑色の瞳は、何を意固地になっているのか、理解しがたかった。じゃあ、と強気に提案すると、マキは嫌な表情を浮かべる。
「どうしてお前に聴かれなくちゃいけない」
「僕を避けてるから?」
「聴かれたくないんでしょ――」
 食い気味に言う。
「どけ」
 僕がマキを引き止めたのは、練習室の前だった。マキに続いて無理やり教室へ入ろうとすると小競り合いとなった。
「やめろ」
「……っやめない、って」
 体格差に押されて負けたのは、僕の方だった。バタンと閉じられた扉に僕は力が抜け、崩れる。