小さな学び舎が活気づいていた。赤い屋根の礼拝堂には、保護者や地元の来賓者がそぞろ歩いているのが遠目に見える。
 1年生は、礼拝堂の最後列で先輩を見送るのだ。一度だけ、先輩を送る歌として前へ出て歌う箇所がある。ただし、そこだけだ。
 式の開始までまだ時間はある。
 いますぐ逃げ出したい衝動に駆られ、礼拝堂から真反対に、石畳を走った……だが、すぐに右脚がぐらつき痛み出し走っていられなくなった。
 ――痛った……思ってたより。
 大きな独り言をつく。そのまま庭園のベンチで痛みが引くまで休憩をしていると、あっという間に時間が経った。
 すごすごと礼拝堂に戻ると、既に中は人で埋め尽くされていた。この学校が背負っている期待というものを目の当たりにして、ぞくりとした。
 将来有望な音楽家の旅立ちの日に、パイプオルガンの音色が響く。ざわめきが静まると、人の息遣いがひとつひとつ手に取るように聞こえるくらい、静まり返った。主席の名前から呼ばれる。マキは、黒いガウンを纏った背で立ち上がった。そして、次々と見慣れた先輩たちが卒業証書を貰っていく。卒業証書授与はあっという間に終わり、幾人かの長い話が終わったあと、僕たちの番になった。
「在校生から、おくる歌です」
 長椅子の端に座るイースを先頭に立つ。長く座っていたせいで、脚がしびれている。一歩、一歩ずつステージに近づく。一歩ずつ、先輩との別れに近づいていく。そんなの分かっていたはずなのに、せり上がる緊張に目がぱしぱしする。前を向く。ちょうど、正面にマキが座っていた。そらさないで、と願いながらまばたきをする。僕は丁度パート的に真ん中に立ちがちで、マキは主席で中央に座っている。仕組んだわけではないのに、真正面に相対することになった。完全なる偶然に僕は息を呑む。
 神様も、随分酷いことをしてくれるものだ。
 僕は静かに右手を上げた。いち、に、さん、し。……と、別れの曲を、歌いはじめた。