輪唱というものを知っているだろうか。順番に、同じ曲をずらして歌うことだが、これが簡単なようで案外難しい。そして、一緒に歌うメンバーによって様々な表情を見せる。この学校に入るまでにも、山ほど歌や曲に触れてきたはずなのに、このメンバーで歌うことで見つけるものは今までの人生の発見よりもずっと多く、純度が高い。充実そのものだった。2年生への進級考査が始まった頃、同時にマキたちは卒業試験のための練習が増えて2学年での合同練習はクリスマス以前よりもぐっと減っていた。仕方がない。けれど、勿体ないと感じる。それは僕だけではないようで、イースも積極的に先輩へ絡みに行っているし、双子は2年生から興味津々で「アンサンブルしようよ」などと練習に誘われていた。チェンとロンのように双子が揃って入学したというのは開校以降初めてのことらしいから無理もない。最初はセットで見られていることに嫌な顔をしていたロンも、最近では「実力を見せてやりますよ」などと威勢よく先輩に言い放っている。
「課題曲、見るか?」
授業終わりに空いているピアノを探して廊下をうろついていると、マキが後ろから声を掛けてきた。
「ん、え? 本当? ありがたいんだけど……ピアノがどこも空いてないみたいで探してるんだ」
「俺の使ってる教室でやればいいよ」
そのままマキはスタスタと歩きはじめた。
「教室どこ? ……遠い」
「文句か」
「いや」
顔を横に振って否定する。そして自然とにやけてしまう。
――要は、僕のウロウロしている姿を見掛け、マキは僕を追っかけて来たんだ。
目の前の背中が、どんな表情をしているのか気になって仕方がない。練習室の木製のドアは冬の寒気で凍り付いている。
「暖房かければいいのに」
ゆっくりと息を吐くと、白く息跡が、夕日に染まった教室にもくもく浮かんだ。
「つけてない方が、声の調子がよくわかる」
低い声で言い、マキは開きっぱなしのピアノの椅子に腰掛ける。僕も練習室の隅にあった椅子を引っ張り出して座った。冷たい座面に背筋がぴんと伸びる。
「課題曲、聴かせて」
柔和なまなざしが僕に投げられる。僕は胸元に抱えていた譜面の中から一冊のうすい楽譜を差し出す。
「課題曲、Aにしようかと思ってる」
一瞥し、譜面をすぐに鍵盤の上へ避ける。そのおざなりな態度にわずかな不安を抱く。やっぱり、嫌いなのか……と。目線を逸し、膝の上に握った拳をにぎにぎしているとマキが口を開いた。
「歌わないのか?」
「え、あ。じゃあ、お願いします」
「うん」
ア・カペラで歌い出す。座ったまま、姿勢を正し、足を肩幅に、視線はまっすぐマキの方へ。マキは今までに無いくらい真剣な瞳と耳で僕の歌を聴いている。そのことが歌っている僕にもひしひしと伝わってきていた。廊下を歩く人の靴音も、冬の木枯らしが窓を揺らす音も2人には聞こえない。マキはかつて歌った課題曲Aに、僕はそれをマキに歌うことに実直で、真剣だった。この年、遅めの初雪が降った。
「課題曲、見るか?」
授業終わりに空いているピアノを探して廊下をうろついていると、マキが後ろから声を掛けてきた。
「ん、え? 本当? ありがたいんだけど……ピアノがどこも空いてないみたいで探してるんだ」
「俺の使ってる教室でやればいいよ」
そのままマキはスタスタと歩きはじめた。
「教室どこ? ……遠い」
「文句か」
「いや」
顔を横に振って否定する。そして自然とにやけてしまう。
――要は、僕のウロウロしている姿を見掛け、マキは僕を追っかけて来たんだ。
目の前の背中が、どんな表情をしているのか気になって仕方がない。練習室の木製のドアは冬の寒気で凍り付いている。
「暖房かければいいのに」
ゆっくりと息を吐くと、白く息跡が、夕日に染まった教室にもくもく浮かんだ。
「つけてない方が、声の調子がよくわかる」
低い声で言い、マキは開きっぱなしのピアノの椅子に腰掛ける。僕も練習室の隅にあった椅子を引っ張り出して座った。冷たい座面に背筋がぴんと伸びる。
「課題曲、聴かせて」
柔和なまなざしが僕に投げられる。僕は胸元に抱えていた譜面の中から一冊のうすい楽譜を差し出す。
「課題曲、Aにしようかと思ってる」
一瞥し、譜面をすぐに鍵盤の上へ避ける。そのおざなりな態度にわずかな不安を抱く。やっぱり、嫌いなのか……と。目線を逸し、膝の上に握った拳をにぎにぎしているとマキが口を開いた。
「歌わないのか?」
「え、あ。じゃあ、お願いします」
「うん」
ア・カペラで歌い出す。座ったまま、姿勢を正し、足を肩幅に、視線はまっすぐマキの方へ。マキは今までに無いくらい真剣な瞳と耳で僕の歌を聴いている。そのことが歌っている僕にもひしひしと伝わってきていた。廊下を歩く人の靴音も、冬の木枯らしが窓を揺らす音も2人には聞こえない。マキはかつて歌った課題曲Aに、僕はそれをマキに歌うことに実直で、真剣だった。この年、遅めの初雪が降った。