19人で迎えた、駅前でのクリスマスコンサート当日。駅に到着したときに見た、大きなもみの木にあかりはまだ灯っていなかった。けれども、通りかかる人は皆立ち止まり、ラキラした瞳をツリーに向けていた。
 頬をかすめる冷たい空気、ジングルが流れる駅前、クリスマスという言葉があちこちからささやくように聞こえる雰囲気。練習を始めた頃はまだ夏の終わりだったというのに、もうクリスマス。月の流れの速さに驚きを覚える。
 手狭な控室にカバンを置くと、急に緊張が喉をせり上がってきた。ファスナーを開け、今日の譜面を指で追う。順番を、鉛筆で囲まれた注意点を、ユニゾンの所を……不安点を一つ一つ確認する。

 ――音取り用のキーボード、持ってくればよかった。

 持ってきて良いのかどうかすら1年生の僕には判らないが、吐きそうになる位の不安が、ああすればよかったこうすればよかったと思い起こさせる。

「リオ。君がそんなに緊張してどうするんだ」

 厳しい声色に顔を上げると、眉間にシワを寄せたロンが立っていた。

「ロン……チェンはどうしたの?」
「そうじゃない。リーダーが緊張してどうすんだ」
「緊張なんかしてないよ。僕、緊張しにくいたちなんだ」
「いや、それを緊張って言うんだよ」

 楽譜を取り上げ、カバンの中へ強引に仕舞ったロンに困惑する。

「確認してたんだけど」

 喧嘩を売るつもりはない。優しくたしなめると、ロンは尚更いやな顔をした。

「本番で、作った声で歌うなよ。リオの作り声、本当に聞いててしんどいから」
「……っ。どういうこと」
「先生にも言われてると思うけれど、リオは気合が入ると声色を作って空回りするからな。本当に気をつけてくれないと、僕たちも釣られてしまう」
「ちょっとロン。今言わなくても」

 僕とロンが揉めているのを見つけたチェンが横槍を入れてきた。

「いや、リハーサルの前に言っとかないと本番で絶対にやらかすと思った。非常に理論的な判断だよ」
「ロン、ちょっともう黙って。ごめん、リオ。ちょっと言い方キツかったみたいで……ロンも落ち着いて」
「俺は別に興奮してない」

 チェンに腕を掴まれてロンは机の反対側に連れ去られた。しかし、チェンは大きな机の向こうで神妙な面持ちで口を開いた。

「リオの悪い癖。それは本当だから……すごく言いづらかったんだけどね。でも、飾っていないリオの歌声は、本当に素敵だから」

 チェンはそっとこちらに身を乗り出し、ヒソヒソ声を張り上げた。

「リオの声は、リオの声のままで歌って欲しい」

 気づかないうちに、僕はいつも曲に対して「もしも」ばかり考えていたのだろう。
 リハーサル中はその事で頭がいっぱいだった。一度気づくと、あの歌もこの歌もどの歌も気になる点ばかりで、トム先生の指揮棒を見るだけで精一杯だった。隣に立つマキの声も、仲間の声も全然聴くことが出来なかった。

 ――本番まで、まだ時間はある。

 僕は控室に戻り、また楽譜をまくったがそれをロンは何も咎めなかった。