「クリスマスの時期には、当学校もコーラス隊として多くの市民の方へ披露することになります。明日からこれをやるから、各自譜読みをしておくように。ホミー、楽譜配りを手伝ってくれ」
「はい」

 2年生の代表を務めるホミーが10人分の楽譜を引き取り、ひとりひとりに楽譜を手渡した。
 のケントのみならず、皆そわそわしている。例に漏れず、僕の胸も期待に高鳴っていた。

「リオ君。はい、頑張ってね」
「先輩。ありがとうございます」

 ホミーはずい、と顔を寄せて真剣な表情をした。

「君が、1年生を引っ張ることになると思う。だけど……気負わないで。一緒に頑張ろう」

 真剣な細い瞳が僕を見つめる。その瞳は対等に僕を見据えていた。そう――イースは、マキとの関係に気づいている。そんなことが一瞬にして理解できた。
 1年生の中で、マキと会話したことがあるのは僕だけだと思う。なら、どういう関係なのか探らないほうが野暮だろう。

「まとめるには力不足かもしれないですが……がんばります」

 脳裏をよぎった要らない思案とは逆に、口を突いて出たのは素直な言葉だった。

「歌を歌うのは、大好きですから」
「いいね。それ」

 先輩はニカっと笑いながら、今から今かと待ちわびていたケントの椅子へと移っていった。
 先生からの説明は、あらかたイースが言っていたことと同じだった。このクリスマスコンサートたちは、学校の一大イベントであり、街の人たちも先生たちも大きな期待を寄せている。毎年メンバーが異なるため、歌声の雰囲気は変わるけれど、お見せするからには高いレベルを保ってほしい。君たちならできるはずだ……と。
 膝の上にずっしりと重く重なる楽譜は、角が立ったまっさらの譜面だ。
 1年生のテナーで集まり、第4音楽室で1ページめを広げたときの紙の硬さ。そして、知った旋律の美しさ。
 今までで一番、クラスメイトの声は弾んでいたし、ああ、こんな風になっているんだ。ああ、こんな歌詞なんだ。僕自身も意外と知らない有名な曲の細部に気づくことに夢中になっていた。
 ホミーに言われたように、僕はテナーの中心でピアノを弾き、指示を出す担当にいつの間にか決まっていた。
 なにも、難しい曲を全身で弾くわけではないけれど、明らかに運指が鈍っているのを感じて一瞬冷や汗をかいた。しかし、ケントは嬉しそうに言った。

「リオ、すごい。そんなにピアノ上手だったの?」
「そんな、音取りくらいしか今はできないよ」
「いや、十分だぜ。すっげえ助かる。俺なんか右手と左手が別々に動かせねえ」

 チェンがケラケラ笑いながら言う。
クリスマスに歌う曲は、聖歌が元になったものや、民謡が元になっているものが大半のため、やたらと複雑な音もなく、その日の午後で一通りの音取りは終わった。
 疲労感と、久々に動かした10本の指の感覚にぼんやりと思いを馳せている間に、その日の僕はあっという間に眠りに落ちてしまった。