次の日、帰国日の朝。フラットを出ようと予定していた九時前、空は薄いグレーの雲で覆われていた。
 イギリスの天候のことを考えると、むしろここ最近が連日晴ればかりだったことのほうが感謝すべき事態だったのかもしれないけれど……やっぱり、少し気分が落ちる。
 ガラガラ音を立てて、二つ目のスーツケースを地上階の玄関に下ろす。タクシーを待つ玄関先では、先に運び終えていたほうを見張るケイティが待っている。
「ありがとう、見ててくれて」
「大丈夫。これで全部よね」
「うん」
 部屋の中はさっき再確認してきたし、肩にかけている鞄の中身も問題ない。フラットの鍵は代わりに返却してもらうため、自室の作業机の引き出しに入れてある。
「もうそろそろタクシーが来るはず」
「そろそろって……予約してた時間までまだ十分以上あるじゃない」
 ケイティは好奇心を含んだ目をしている。
「だって、来てからこれを全部下まで持ってくるんじゃ慌てるじゃない」
「それくらいは向こうも待ってくれると思うけど……」
 そう言いつつ、彼女は本気で呆れてはいない。たぶん、最後の「舞子は本当に真面目」を思ってるだけで。
 見ると、やっぱりその表情はただきょとんとしている。
「まあ、後悔するよりは慎重がいいよね」
 そう言って曇り空を見上げる。ここで待っている間に雨に降られたりなどしたら本当に気分が落ちるけど、それくらいはないと信じたい。
「……じゃあ、私も自分の物持ってくる。大丈夫よね?」
「え? うん」
 私はスーツケースを両脇に置くように配置して、足早にフラットに戻るケイティの背中を見送った。