そう言われて、彼女の視線の先を追った。
 そうして見えた風景に、私は息を吸い直した。
 赤茶色の屋根、白やベージュの壁、グレーの石やコンクリート、まん丸とした街路樹。遠くには銀色の高層ビル。その上に広がるのは水彩絵の具みたいな色の青空と薄い雲。
 丘の上から見るロンドンの街並みは不思議なほど穏やかで、眺めていると自分の心の内も静まっていく気がした。
 説明も感想もできずただ立っていると、ふとケイティが言った。
「オープンエアで街全体が見れる場所って、貴重ね」
 その一言に、すっと私の中に理解が滲みだした。
 大きな街と、そこで活動するたくさんの人。でもその街ですら、もっと広い世界のほんの一部にすぎない。私が……私たちが、これから再び踏み入らないといけないのは広い世界のほうで、そこに身を置いたが最後、いつ追い詰められたり折られたりするかもわからなくなる。
 それを意識しているなら、街全体を見渡す景色はただ自分の存在の小ささを強調させているようにしか見えないかもしれない。たとえばそれが窓の向こうにあれば、なおさら。
 だけど、こうして外にいて、自分で息をして、好きな格好で自由で過ごしながら眺めていられたら。それは、広く厳しい環境ばかりを意識してしまう自分に少しだけ優しくできる空間になれる。
「確かに、向き合うしかないことはある」
 ケイティが言う。
「生活が厳しい世界とか、女だってことで不利になる社会とか、力関係が男中心の業界とか。私たちが名前や跡を残そうとしてるのって、そういう場所でしょう」