待機中のオーブン。ボウル、スプーン、バット、ナイフ、まな板、泡だて器、大きな水差し。ケーキ生地、生クリーム、ジャム、カスタードクリームの粉末、お湯、レモンソーダ、リキュールの瓶。冷凍庫には氷。そして、苺、ブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリー……本当にたくさんの、夏のフルーツ。
 安い苺を見つけた二日後。朝の台所で、私たちは二人でお菓子とカクテルのレシピと奮闘中だった。
 熱気の原因はオーブンだけじゃない。今日は帰国前の片付けを始めた日と大差ない気温だし、私もケイティも意外なほどのめり込んでいる。
 ベーキングシートを張ったバットに、薄黄色の生地が垂れていく。ケイティがボウルを傾け、私はバットがずれないように固定している。
「……うん。よし! これでいいよね」
 ボウルにくっついた分をできるだけ落として全体をならすと、ケイティが満足そうに言った。
「オーブンも温まってるし、これ入れたら待ってる間にフルーツを切ってクリームも泡立てておいて……」
「何分?」
 私はオーブンまで移動した。
 前屈みになって扉を開けると、強力な熱風が顔と前髪に叩きつけられる。
「……っ!」
 突然のあまりの熱さに後ずさりしそうになる。
 でもなんとか息を取り戻して、私はスポンジケーキ未満のバットを運んでオーブン内の金網上に乗せた。
「えーっとね……」
 調理場の端まで移動したケイティが、スマホの画面に映したレシピを確認する。
「10-12分だって。あ、でも盛りつけができるまでに冷まさないといけないから実際の待ち時間はもっと長いね。じゃあ、洗える食器も今のうちに……」
 私はキッチンタイマーをセットし、出番を終えたと思える調理器具を流しに移動させた。皿洗いももちろん、共同作業。
 手に流れる水が気持ちいい。私が洗い終わったものを、隣でケイティが拭いて片付けていくフローだ。
 やがて、水や食器用洗剤の匂いに混ざって温かくて甘い香りが漂ってきた。少なくとも、失敗ではない。……たぶん。そう願う。
 だってこのスポンジケーキがないと、デザート全体が台無しになりかねない。
 ケイティが探して決めたのは、夏のフルーツをふんだんに使った「トライフル」のレシピだ。ボウルに小さく切ったスポンジケーキを生クリームやカスタードクリーム、フルーツやゼリーなどと重ねたり配置アレンジしたりして作る、イギリスの大人数向けのデザートだそう。
 ……そう。大人数向け、の。