十二月の頭、本格的なクリスマスシーズンが始まる頃に来た時は、夜のモミの木とスパイスワインだった。
 今の私たちは太陽に照らされる噴水の淵に腰かけて、水の音を浴びている。
「さらに言うと、その時の舞子は今みたいに晴れ晴れした感じじゃなかったね」
 恥ずかしさに似たものを感じて、私は風で暴れる髪を整えようとした。
「……本当に」
 あの時期、私は色んな意味で余裕をなくしていた。
 たった一年しかいる予定のない地で、限られた学習期間で、絶対に成果を出さないといけないプレッシャーを自分に異様なほどかけてしまっていた。
 日本にいる二歳年上の「同業の男性」、名前で数字を取れる先輩に追いつきたくて決めた留学だ。追いついて、並べられるくらいの脚本家に私もなってないと、彼の近くにいる自分という存在を認められない気がして。……仕事の上で、だけじゃなく。
 それで視野が狭くなっていた私を、自暴自棄になる寸前のところで助け出してくれたのがケイティだった。ここでワインを飲んでライトで飾られたツリーを眺めて、一緒に冬のロンドンを味わった。
 予想外の寒さに負けてこっちで買った、赤いコートを着て。
 暴れる髪は、手を離したらまた乱れた。
 日本に帰ったら。
 その前提を再度認識して、胸の底でざわめきを感じた。
 ……ああ。
 本当に大丈夫? 私はもう、認められる自分になっているだろうか。
「……今、私はあの時の状態じゃない」
 諦めて、顔を上げてみる。
「そうでないと、ね」
 ケイティの返事が聞こえたと思ったら、背後に弾けたような水音がした。
「きゃっ…⁉」
 頭上から雫が降ってくる。
 それはポタポタと、鋭く、でも涼しく爽やかに、私の髪や服の袖に染みを残して散った。同時にケイティも、茶色のポニーテールと、目を閉じた顔に雫を浴びる。見ると、彼女の左手全体が濡れていた。
「あぁ、気持ちいい!」
 子供みたいに笑って濡れた手を振り、少し挑発的な視線をこっちに向ける。
 ちょっとためらって、私も噴水に手を入れた。
 水道やプールの水とはまた違う涼しさを感じた。こうして外で、色んな人、色んな風景や季節に晒されてきた、そういうたくましさを含んでいるのかもしれない。
 ひんやりした感触がドキドキに変わる。でもここでやめたのでは、もったいない。
「……っ!」
 私も腕を振り上げ、空中に思いっきり水を散らしてみせた。