越した季節の服、コート、靴。何冊もの教本や戯曲本。映画と演劇の鑑賞券をまとめたファイル。劇場で買った英文のプログラム。見た目の可愛さやお洒落さに負けて買った自分用のロンドン土産。貴重な取引先宛のお土産。それからたくさん、本当にたくさんの、アイディア帳、ノート、赤入れだらけの初稿、第二稿、レポート、課題の提出物未満の紙。
 たった一年のことなのに、私がここに確かにという証拠が、こんなにも部屋に溢れ返っている。しかも、まだ全部ではない。
「……ふう」
 ベッドの脇に積み上げた物の山を見て、作為的なため息を漏らす。ちゃんと持って帰れるか心配になる。
 窓から差し込む七月終わりの太陽光も、スポットライトみたいにそれを照らしていた。
 ふと、作業中に緩んでしまったらしいヘアゴムが肩甲骨の近くをくすぐる感触があった。それを引き抜くと、重めの黒髪がばっさり広がった。
 なんとなく毛束をつまむ。ミネラルの膜が張られたような硬めの感触は繰り返しイギリス南部の硬水で洗った結果だ。
 去年の初秋は違和感だらけだったけど、今はだいぶ馴染んだと思う。
 ざっくり髪を結び直すと、時間差で室内の熱を実感する。
 いくら日本と比べて涼しいからと言って、昼間からする作業ではなかったかもしれないと、今になって後悔をしだす。
「暑い……」
 日本語で呟いて窓を開けようとした時、廊下から声がした。
舞子(まいこ)、調子はどう?」
 陽気に私を呼ぶそれに続いて、軽やかな足音。
「そろそろお茶淹れない? ……って。……Wow」
 開いたドアの向こうから同級生でフラットメートのケイティが顔を覗かせた。薄緑の目をさらに大きくして顔を傾けると、後頭部のポニーテールが豪快に揺れた。
 ケイティの髪は艶のあるダークブラウンで、私と違って前髪は下ろさず全部をこうやってまとめるのが常だ。彼女のほうの身長が高いのもあって、私が年下だと思った周囲が驚くという場面をこれまでに何度か作ってる。……実際はケイティが二十八歳、私が三十なのだけど。