次の日から鉄郎は部活に全く顔を出さなくなってしまった。
理由を聞く事が出来なかった。
あっさり、レギュラーじゃないならもういい、美羽との付き合いを優先する、などと言われたら、自分は立ち直れる自信はない。
その一方で幸生は毎日練習に励んだ。部活がない日は、太雅とナイターで練習をし、ほぼテニス漬けの毎日。その時だけは、鉄郎の事を忘れられた。
そして、ずっと隣にいた鉄郎の代わりのように、今は太雅が幸生の隣にいた。それは、テニス以外でも何かと一緒にいるようになり、鉄郎が隣にいない事に寂しいと思う反面、心のどこかでホッとしている自分もいたのだった。
太雅とのダブルスは思った以上に調子が良く、本番前にレベルが高いと言われる草トーナメント大会に出場してみたところ、準優勝をした。決勝の相手は県内で有名なベテランの選手でありテニスコーチをしているペアで、到底敵う相手ではなかったが、そんな相手に6ゲームマッチの試合で4ゲームを取り善戦したと言えた。
商品は有名メーカーのテニスウェアで、これを着て総体に出ようと太雅と約束した。
太雅は鉄郎と違ってハッキリものを言うタイプだった。何がいけなかったのか、何が良かったのか。ポイントが取れたのに、今のは違う、と言われる事もあれば、ミスをしても、今のは良かった、と褒められる時もあった。時には意見が分かれ、言い合いになる事もあった。絶対に鉄郎との時にはなかった事だ。
太雅は1ポイント毎にプレーの理由付けをするのだ。
誰かが言っていた事を思い出す。
『強い人はワンショット毎に考えて打っている』
太雅はだから強いのだと幸生は思った。
鉄郎とのダブルスは、決まればナイスショット、ミスをすればドンマイ。鉄郎に変な所を見せられない、鉄郎に気持ちよくプレーしてもらいたい、幸生はどこかでいつも鉄郎に対して気を使っていた。
いつでも「ダブルスはやっぱり幸生じゃないと楽しくないな」と鉄郎に言われる事がとても嬉しかった。だからずっとそう思われていたい、その一心だったように思えた。
だから、こんなにも気兼ねなくプレーに集中できる太雅とのダブルスがとても心地いいと思えてしまったのだ。
今まで、鉄郎の隣にいる為にテニスをしてきたようなものだ。それが太雅とダブルスを組み、本来のテニスの楽しさを思い出したような気がした。
インターハイ予選の日。
インターハイは県内でNo. 1と言われている、強豪、芦川工業大附属高校に惜しくも決勝で負けてしまった。だが、太雅と幸生のダブルスは全戦全勝という最高の結果を残した。
自分がこんなに強かったのかと自分自身を疑った。それはきっと、太雅という最強のペアと組んだからだと容易に理由が分かる。太雅自身もすっかりダブルスの面白さを知ったようで、また何かの試合に出よう、そんな事を言うほど意気込んでいた。
それでも、どこか頭の片隅にはいつも鉄郎の事がチラついていた。
「幸生!」
表彰式が終わり、引き上げの準備をしていると名前を呼ばれ振り返った。
「鉄郎……来てたの?」
隣には美羽がいた。軽く頭を下げられ、幸生も頭を下げ返す。
テニス部員は全員ジャージ姿であるが、鉄郎は私服だった。もう、テニス部という自覚がなくなってしまったという事を物語っているように思えた。
「太雅とのダブルス、凄かったな。いつも組んでいて気付かなかったけど、幸生って結構凄い奴だったんだな」
そう言って、ヘラリと笑った。
(嫌じゃないの? 俺が別の奴とペア組むの、鉄郎は嫌じゃないの?)
そんな思いが過り、酷く落ち込んだ。
「でも、なんかちょっと複雑だわ」
「な、にが?」
「俺のダブルスパートナーはずっと幸生だったのにってさ。決勝の相手だって、俺と組んでいた時は一度も勝てた事なかったのに、あっさり勝っちまうし……ちょっと悔しいわ」
一瞬、鉄郎が泣きそうに見えた。
「ペアが太雅だもんな。当然か」
そう自分に言い聞かせるかのようにも聞こえた。
「じゃあな」
鉄郎は美羽と隣に並び、二人の後ろ姿を見送る事しかできなかった。
鉄郎の気持ちはわかる気がした。きっとショックだったはずだ。今日で幸生のネームバリューが一気に上がったのは間違いない。自分と組んでいた時にはさほど目立った成績が残せなかったのに、ペアが太雅に代わった途端、幸生のレベルが上がったのだ。男としてテニスプレーヤーとしてのプライドは傷付いたはずだ。
鉄郎はもう、テニス部には戻らないかもしれない。今は美羽という存在がある。
鉄郎は美羽の顔を見て、笑顔を浮かべている。そんな美羽も嬉しそうな笑顔。互いに好きなんだという気持ちは、側から見ても一目瞭然だった。
(美羽も俺と同じくらい鉄郎が好きなのかもしれない)
そうだとしたら、自分が鉄郎の隣にいる自信など有りはしない。
鉄郎は部活に来なくなり、前より一層、美羽との距離が縮んでいるように見えた。
理由を聞く事が出来なかった。
あっさり、レギュラーじゃないならもういい、美羽との付き合いを優先する、などと言われたら、自分は立ち直れる自信はない。
その一方で幸生は毎日練習に励んだ。部活がない日は、太雅とナイターで練習をし、ほぼテニス漬けの毎日。その時だけは、鉄郎の事を忘れられた。
そして、ずっと隣にいた鉄郎の代わりのように、今は太雅が幸生の隣にいた。それは、テニス以外でも何かと一緒にいるようになり、鉄郎が隣にいない事に寂しいと思う反面、心のどこかでホッとしている自分もいたのだった。
太雅とのダブルスは思った以上に調子が良く、本番前にレベルが高いと言われる草トーナメント大会に出場してみたところ、準優勝をした。決勝の相手は県内で有名なベテランの選手でありテニスコーチをしているペアで、到底敵う相手ではなかったが、そんな相手に6ゲームマッチの試合で4ゲームを取り善戦したと言えた。
商品は有名メーカーのテニスウェアで、これを着て総体に出ようと太雅と約束した。
太雅は鉄郎と違ってハッキリものを言うタイプだった。何がいけなかったのか、何が良かったのか。ポイントが取れたのに、今のは違う、と言われる事もあれば、ミスをしても、今のは良かった、と褒められる時もあった。時には意見が分かれ、言い合いになる事もあった。絶対に鉄郎との時にはなかった事だ。
太雅は1ポイント毎にプレーの理由付けをするのだ。
誰かが言っていた事を思い出す。
『強い人はワンショット毎に考えて打っている』
太雅はだから強いのだと幸生は思った。
鉄郎とのダブルスは、決まればナイスショット、ミスをすればドンマイ。鉄郎に変な所を見せられない、鉄郎に気持ちよくプレーしてもらいたい、幸生はどこかでいつも鉄郎に対して気を使っていた。
いつでも「ダブルスはやっぱり幸生じゃないと楽しくないな」と鉄郎に言われる事がとても嬉しかった。だからずっとそう思われていたい、その一心だったように思えた。
だから、こんなにも気兼ねなくプレーに集中できる太雅とのダブルスがとても心地いいと思えてしまったのだ。
今まで、鉄郎の隣にいる為にテニスをしてきたようなものだ。それが太雅とダブルスを組み、本来のテニスの楽しさを思い出したような気がした。
インターハイ予選の日。
インターハイは県内でNo. 1と言われている、強豪、芦川工業大附属高校に惜しくも決勝で負けてしまった。だが、太雅と幸生のダブルスは全戦全勝という最高の結果を残した。
自分がこんなに強かったのかと自分自身を疑った。それはきっと、太雅という最強のペアと組んだからだと容易に理由が分かる。太雅自身もすっかりダブルスの面白さを知ったようで、また何かの試合に出よう、そんな事を言うほど意気込んでいた。
それでも、どこか頭の片隅にはいつも鉄郎の事がチラついていた。
「幸生!」
表彰式が終わり、引き上げの準備をしていると名前を呼ばれ振り返った。
「鉄郎……来てたの?」
隣には美羽がいた。軽く頭を下げられ、幸生も頭を下げ返す。
テニス部員は全員ジャージ姿であるが、鉄郎は私服だった。もう、テニス部という自覚がなくなってしまったという事を物語っているように思えた。
「太雅とのダブルス、凄かったな。いつも組んでいて気付かなかったけど、幸生って結構凄い奴だったんだな」
そう言って、ヘラリと笑った。
(嫌じゃないの? 俺が別の奴とペア組むの、鉄郎は嫌じゃないの?)
そんな思いが過り、酷く落ち込んだ。
「でも、なんかちょっと複雑だわ」
「な、にが?」
「俺のダブルスパートナーはずっと幸生だったのにってさ。決勝の相手だって、俺と組んでいた時は一度も勝てた事なかったのに、あっさり勝っちまうし……ちょっと悔しいわ」
一瞬、鉄郎が泣きそうに見えた。
「ペアが太雅だもんな。当然か」
そう自分に言い聞かせるかのようにも聞こえた。
「じゃあな」
鉄郎は美羽と隣に並び、二人の後ろ姿を見送る事しかできなかった。
鉄郎の気持ちはわかる気がした。きっとショックだったはずだ。今日で幸生のネームバリューが一気に上がったのは間違いない。自分と組んでいた時にはさほど目立った成績が残せなかったのに、ペアが太雅に代わった途端、幸生のレベルが上がったのだ。男としてテニスプレーヤーとしてのプライドは傷付いたはずだ。
鉄郎はもう、テニス部には戻らないかもしれない。今は美羽という存在がある。
鉄郎は美羽の顔を見て、笑顔を浮かべている。そんな美羽も嬉しそうな笑顔。互いに好きなんだという気持ちは、側から見ても一目瞭然だった。
(美羽も俺と同じくらい鉄郎が好きなのかもしれない)
そうだとしたら、自分が鉄郎の隣にいる自信など有りはしない。
鉄郎は部活に来なくなり、前より一層、美羽との距離が縮んでいるように見えた。