食事の匂いに釣られて、綺那李と小麻李は口の中に広がる涎を垂らさないように必死である。
「このクニをお救いくださった姫巫女様だからね、精一杯お世話をさせていただくよ」
と、食事を用意した加陽が言う。
「そんな、私だけ申し訳ないです」
「食べないだなんて言わないでおくれよ。この家に残っている最後の米だったんだから、勿体無いだろう。伊代様には格別なお持て成しをするようにと、主人にも言われてるんだから。いやあ、伊代様は本当にすごい!野分の到来を言い当てて、稲や田畑の食べ物を守ることが出来たんだから。それに、あの王様にはみんな迷惑していたんだ。逆らおうにも何をされるか恐ろしいし…噂によれば、あのお方は王座を退く事になるんだそうだよ。我らの姫巫女、葉李菜様が女王として即位されるのであれば、奴国はこの先ずっと安泰だよ。これも伊代様のお陰だ、伊代様々だよ」
加陽はあの事件以来、ずっとこのような調子で伊代に愛想を振り撒き、ありがたいありがたいと繰り返している。
ここまで感謝される事に慣れていない伊代は戸惑いつつ、出された白米やきのこ汁を綺那李たち姉妹に分け与えた。母親に呆れられつつも、小さな姉妹は久方ぶりの光り輝く米に歓喜する。
「それにしても、雷が同時に二つ落ちるなんて珍しい事だ。やはりあれは天罰…神の啓示に違いない」
と綺那李が神妙な面持ちで話す。
「何を一丁前に話してるんだい、十の娘に何がわかるんだい」
と加陽は娘の頭に拳を入れる。
「痛っ、本当なんだって!あれは間違いなく神様の仕業だ、伊代様は天から遣わされたお人なのかもしれない…」
「いや、そんなんじゃないよ、私なんか」
と伊代は腰を低くする。
「私はただ、友達を救いたかっただけ。それでこのクニの皆さんも救われるなら、いいなと思ったの。あのお婆さんの言う事に従っただけだよ」
「そういえば、婆様の姿が見えないな」
老婆はあの事件から、家に帰っていない。
伊代は心配して探しに行く事を提案したが、何の言伝もなく姿を暗ますのはよくある事だと加陽は言い、この酷い嵐の中であってもそれほど気に留めていないようだ。
見た目は六十、七十歳程の老婆で健康そうだったが、この時代の年齢としてはとても高齢だ。杖をついて歩いていられるのも驚くべき事である。

