タイムトリッパーズ〜いつの時代も必ず君に逢いにいく〜 第一章 YAYOI〜日出づる國の女王〜




「無礼を承知で申し上げておりまする。本来であればこのような老婆ごときが口にしてはいけない事であると。しかしながら、これは神々の啓示だと思われませぬか」
「天から突如降って来た雷に、余一人が撃たれたからか?」
「雷が降るよりも前から、神は世の天変地異によってこの事を告げられていたのです。今こそ王位を退き、奴国に新しい風を吹かせなければ、根元から腐った礎が国の崩壊を引き起こし他国侵略を受ける事になりましょう」
「其方は巫女として占いを行う事を禁じられているはずだ。先代の王の時代からな。其方は承知の上で禁忌を犯したという事か。覚悟は出来ているな?」
「我が王よ・・・・いや、敢えて言わせてもらおう。・・・・ “カゴ” や」

その呼び名を聞きにした駕籠彦は、一瞬息をする事を忘れてしまった。
“カゴ” とは幼少期の駕籠彦の呼び名であり、娘を産んですぐに亡くなった産みの母と老婆しかその呼び名を使っていなかった。
途端に少年の心に引き戻された駕籠彦は、王である立場を忘れ、瞳の奥にツンとした痛みを感じた。

「カゴや、儂もそろそろ幕引きじゃ。どんな罰を受けようとも、既に足の骨を抜かれた身であるから何も怖くはない。共に表舞台を退こう。王位は姫巫女に譲りなさい。そうすれば民の怒りも混乱も収められよう」
「・・・・た、戯言を抜かすな」
「本心じゃ。其方もとうの昔にわかっておろう、己の限界を。民を思いクニ中を駆け回ったあの頃は遠い過去の事。その為に身を削り、毒汁まで啜った為に、其方の内の黒い不信と病が命を削っておる。潔く退く事が、これからの奴国の和平に繋がるであろうな。そうは思わぬか?」

駕籠彦は何も言わなかった。正しくは、言い返せなかった。 “気まぐれ王” と呼ばれた冷酷な王は、酷い不信感によって心を蝕むと共に、長年蓄積された体内の毒によって身体も衰弱していた。
政の詮議に顔を出さなかった一番の理由はそれで、床から起き上がれない程に病が進行していた。
しかし駕籠彦は病に目を瞑り、毒に身体を慣らせる為、いつ何時に反逆者から毒を盛られても大事に至らないようにと、月に数度の毒汁の儀式を止める事はなかった。
すべては王の責務と不信感によって、己の首を締め続けていたのである。

「婆さんは・・・・全てお見通しというわけか」
「当然だよ。何年其方の姿を見て来たと思うておる?・・・・其方を独りにはしないよ」

老婆は、自分自身も “共に表舞台を退く” と告げた。奴国の唯一王として孤独に闘ってきた駕籠彦にとって、ただ一つの救いの言葉だった。これまでの不満をひた隠しにして耐えてきた民はそう少なくない。王位を退き平民となった後、彼らからどのような反撃を受けるかは想像に容易い。
それでも、幼少期から第二の母のように自分を育ててくれた老婆、無実の罪で追放されて以来まるでいない者のように扱ってきた老婆が、それらの蟠りを水に流し手を取ってくれる。それだけで駕籠彦は充分だった。

「・・・・一つ、躊躇いがあるとするならば、王位を退いた後、誰に奴国を任せられるか」
「それは全く障にはなりゃあせんよ。今までずっと表から一歩引いて、其方の影に隠れていた者がおろう。二本の柱となると言いおったのに約束を守らなかった、あの娘が責任を全うするべきじゃろう」
「・・・・そうか。葉李菜は・・・・傷つきはせぬかのう?」
「なんじゃ、急に。そのように優しかったのは少年の頃以来じゃ。雷に撃たれてから人が変わったようじゃ。・・・・よかったのう」
「はははは、『よかった』は余計じゃ」

駕籠彦は何年振りにか、穏やかな笑みを浮かべ心の平穏を取り戻した。
そしてまだ疲れが抜けないからと、もう一度横になる。
和やかな寝顔を横から見つめながら、老婆は静かに床間を後にした。