毒に倒れた日は丸一日寝込み、嘔吐を繰り返した。
このような異常事態となっても、臣下や侍従達は当然の事のように受け入れ、 “まだ体が弱いのだ” と王を見下した。
「・・・・このままでは、弱って死ぬだけだ」
駕籠彦はフグの肝入り汁の三回目の洗礼を受けた日の晩、王の間の警護に現れた阿湯太那を再び床の間へ入れた。
床の間に入室出来るのは王と身の回りの世話をする侍従数名であり、特別の待遇に阿湯太那は身を引き締めた。
しかし王から告げられたのは、期待と不信の混濁するような話だった。
「其方の活躍は聞き及んでおる。剣の腕は兵士達の中でも光るものがあり、あの兵長すらも一目置いているとか。近い将来、其方が奴国の重要な人材となることは間違いがない。よって其方を兵士第一団の団長とする事にした」
「・・・・・・は?」
「喜べ。第一団は王の側近も同然だ、いずれ出世の道も開けよう」
「はっ。大変光栄に存じます。・・・・しかし、何故兵の端くれである私が?」
「察しろ。その階級であれば兵団全体のみならず、政を司る大人達の間をも闊歩できる。日頃話している噂から内密な情報まで、耳に入れる事が出来るだろう。今まで其方がしていた事に正式な役名を与えるだけだ。僕の為に働いてくれるか」
阿湯太那は少しの間、心の中で躊躇した。
つい数日前、位だけが力ではないと語っていた王から低すぎない位を授かり、その権限を自由に使うよう言い渡されている事に、少なからず違和感を覚えた。
しかし王の下で働ける事は素直に嬉しい。崇拝する王と奴国の為に役に立つ事を常々願っていたし、過去に濡れ衣を着せられた罪人の巫女を匿っている事で家族に対する風当たりが強く、挽回する手立てを探していたところの救いの手であった。
阿湯太那は第一団の団長の位を受け入れ、王に跪き簡単な授与の儀式を受けた。
その翌日から阿湯太那は、王の専属諜報員のようにムラ中を練り歩き、王と政に関する様々な噂話を集めた。
一日の終わりには王の床間へ訪れ、誰にも気づかれずにその内容を一から百まで王に伝えた。
初めて伝えたのは、毒入り汁の洗礼についてだ。かつての王に仕えた事のある者達に探りを入れてみれば、そんな洗礼は聞いたことがない、まるで王に対する冒涜だと口を揃えて告げた。
始めは頷きながら話を聞き入れていた駕籠彦だったが、長く批判を耳にしていれば心が歪むのは必然であり、阿湯太那の報告に対し毒を吐き捨てるようになっていた。
この時点で阿湯太那が王の様子の変化に気付き、報告の有無を判断できるようになっていれば未来は変わったのだろうが、真面目で曲がった事を許さない堅物男は全てを漏らさずに報告していた。
「僕は孤独だ。奴国でただ一人、孤独なのだ」
ある夜、そう呟いて背を向けた駕籠彦の姿を、阿湯太那は忘れる事が出来ない。

