若き王は民に寄り添う主君となるよう努めた。
主たる王の執務は主祭殿に籠り大人達とさまざまな決め事をする事、則ち詮議である。
代々の王がそのようにしてきた典型例を一から改め、駕籠彦は民の営みを視察する事を習慣とした。
民が直接王の姿を見る事は稀だった為、熱心に現地に訪れ時に民の営みを手伝う王の姿に、民衆は賞賛した。
その一方で、本来の王の執務が滞るのは避けられず、政を司る大人達からの不満が増えていった。
裏で王への不満を共有する事から始まり、陰口は王の耳にも届くようになった。
なにせ予定を顧みず突然に主祭殿を飛び出していくものだから、周りの者達が振り回されて当然である。
「我らの王はまだ青く、政を全く学んでいないどころか、理解しようとされない様子」
「大人達の言葉に耳を貸さず、ムラのあちこちに出没する姿は、まるで王としての危機感をお持ちでない」
「突如思いついたかと思えば大人達を無理やり働かせる、 “気まぐれ” な王だ」
“気まぐれ王” とは、王の陰での呼び名として既にこの頃から浸透していた。陰とは言っても駕籠彦の耳に入っていたのだが、働き者の王だと称されているのだと前向きに捉えていた。
ある夜、駕籠彦は王の間の警護をしている兵士の一人に話を聞いた。陰口の実態を探る為である。
その兵士は、実地訓練を終え着任したばかりの阿湯太那であった。
「包み隠さず教えて欲しい。王への配慮も要らぬ。僕は大人並びに民衆の不満を解消したいと思うておるのだ」
「恐れながら申し上げますれば・・・・最早、大人達の陰口どころでは済まなくなっておりますかと」
「どういう意味だ?」
「人目を避けてコソコソと話す事を “陰口” と申すのであれば、此度のそれは当てはまらないかと存じます。近頃は人目も気にせず、堂々と王への批評を論じており、厳しく制する者もおりませぬ。王の耳に入るのも当然の事。失礼を承知で申すならばまるで・・・・賛同する者を集めているかのような」
「それではまるで、王への謀反だな」
と駕籠彦は笑う。
事態を収めるべきとは思えど、重く受け止めてはいないようだ。
「其方は陰口を諌めようとは、思わなかったのか?」
「も、申し訳ございませぬ。私は末端の兵士でござりますれば、位ある方々に異論を唱える事に引け目を感じ・・・・」
「当然だ。今のは戯れだから、本気にするな。先輩方には敬意を払った方が良い」
「今後精進し位を賜ったその時には必ず、王へ異論を唱える者達を必ず罰し、王への忠誠心を統一すべく・・・・」
「そんな事はよい。位だけが力ではない。持つべきは権力ではなく信頼だ。僕はそれを掴みにいこうと思う」
駕籠彦は礼を一つ言い、すぐに床へ姿を消した。
王を見送った阿湯太那は、その姿に惚れ惚れとしていた。
翌日、駕籠彦は早速大人達を招集し主祭殿で件の話をした。
不満に対して王自らが見解を述べるのは、これが初めての事である。
駕籠彦は決して責めることはせず、ただ真っ直ぐに誠実に己の思いを伝え、不満があれば不敬を気にせず話すよう伝えた。
しかし大人達からは予想外の反応が返ってきた。
王への不満や異議を隠そうともせず、王の話を拝聴する姿勢は乱れ、私語や嘲笑がどこからともなく聞こえる。
ムラ長は王としての在り方や威厳について唱え、これまでの駕籠彦の行いを改めるよう諭した。
駕籠彦は己が求める王の姿を真摯に語ったが、多勢に無勢の大広間で素直に聞き入れる者はいないに等しかった。
クニの重要な政策を決める詮議でさえも、王の意見に反論し、まともに聴こうとしなくなった。
そしてある時、事件が起きる。
王は朝と夕に、大人達に見守られる中で食事を摂るしきたりがあった。
気まぐれな王は民達の朝の畑仕事を見る為に食事を摂らず抜け出す事もあったが、何故かこの日は必ず食事の席に来るよう事前に臣下達から重々に言われていた。
重要な話でもあるのかと身構えて来てみれば、いつもの面々がやたら笑みを浮かべて駕籠彦を出迎えた。
そして侍従が王の目の前に配膳したのは、白く透明な何かが浮かぶ汁だった。
駕籠彦は最前列に向かい合わせていたムラ長に、この食事は何かと訊ねる。
「先代の王は早くに逝かれ、王としての心得を十分に学ばれないまま即位され、随分苦労もございましたでしょう。そちらは我々が指示して準備させた特別な品にございまする」
「特別?・・・・何かの祝いか、縁起の良い品であろうか」
「さあさあ、お召し上がりくださいませ。一気に飲み干されれば、旨みを一際感じられるでしょう」
目の前にある得体の知れない何かを、口に運ぶ事に抵抗はあった。しかし歳の離れた大人達の前で幼子のような真似はしたくないと、言われるままに汁椀に口をつけ、喉に流し込む。
突然、駕籠彦は違和感を覚え、口の中の物を一気に吹き出した。床に飛び散った事など気にする余裕もなく、その場に踞って必死に喉の奥の汁を吐き出そうとする。
その姿を見た大人達は、大きな声で笑い始めた。
「我が王は、まだまだ子供にございますな」
「歴代の王が挑まれた、毒鳴らしの汁をここまで台無しにするとは、根性も屈強さも未熟なご様子」
「汁の中身は、フグの肝を似たものにございます。常ならば王は即位前からこれを日常的に飲んで、体を毒に慣らしていくものです。我が王は今まで、一度もご経験がないのだな、可哀想に」
「これからは我ら大人の筆頭が、王のしきたりを御教示致しまする。王はどっしり構えて、身を任せていただきますように」
大人達の嘲笑うような言葉が、毒を盛られた駕籠彦の耳に届くことはなかった。しかしこの恐怖心が心の傷となり、これ以降の駕籠彦を変える事となった。

