「あんたって、そんなんだったっけ。私の知ってる京平じゃない」
と、呟く歌織。
京平は静かに、歌織を見つめる。その瞳の奥には、静かな憤りと寂しげな哀愁の両方が映っているように見えた。
「そろそろいいだろ。帰ってくんね?」
京平はゆっくりと立ち上がり、床に落ちたイヤホンを拾ってパーカーに仕舞う。
伊代は歌織の腕を掴み、後ろに引く。
「歌織、今日はもう・・・・」
腕が引かれても、歌織はその場から動こうとしない。京平一点を見つめている。
のろのろと動き出した黒い塊は、闇夜の窓辺に立ち、窓ガラスのサッシに手をかける。
「何してんだよ?」
と、悪い予感に震える太市。
京平は問いに答えず、窓を全開にする。冷たくて湿った空気が部屋の中に流れ込んでくる。雨足もまだ強く、窓辺に立つ京平に容赦無く降り注ぐ。
「京平、危ないって」
と、歌織が駆け寄るも、京平はそのまま足を窓にかける。
「だって、お前らが帰んねぇんだもん」
「危ないよ、京平」
伊代と太市も、京平に近づく。歌織は京平の右腕を掴み、グッと引く。
窓の外を見下ろすと、マンションの三階の高さの恐怖が顕になる。歩く人も車も、小さく見える。
すぐ真下には植木があり、万が一落ちてもクッションになるだろうが、植木を外れて落ちた場合、大怪我に至る可能性もあると、歌織は推測した。
「手、離せよ、歌織。出かけるだけだって」
「ここ、三階だよ!雨降ってるし、無理だって」
「いつも降りてるし、構うなよ」
「太市!伊代!二人とも見てないで、手伝って。京平を止めてよ!」
名前を呼ばれた二人は、我に返る。京平の腕や腰を抱え、力を合わせて部屋に引き戻そうとする。
しかし京平は足と手を窓にかけて踏ん張り、びくともしない。
部屋の床は雨で濡れており、歌織たちの足元が滑って言うことを聞かなくなる。
「離せよ、うぜぇな!」
「京平、一旦降りよう!落ち着こう!」
「落ちちゃうよ!」
「あ、危ない!」
太市の足が雨で滑ったその一瞬、四人は一斉に外へ投げ出される。
ふわっと中に浮く感覚を覚え、衝撃に備えて目を閉じる。
次の瞬間、目を開けた先は、闇だった。