タイムトリッパーズ〜いつの時代も必ず君に逢いにいく〜 第一章 YAYOI〜日出づる國の女王〜




兵士達は王の命令のまま伊代の身体を取り押さえ、後ろ手にして頭を台の上に乗せる。
首を斬りやすくする為だ。
処刑準備を制しようとする葉李菜(ハリナ)を取り押さえるよう、王は命令する。

「兄上、今一度考えをお改めくださいませ!神々の啓示に逆らってはなりませぬ!天罰が降りまする!」

葉李菜のその叫びと取り乱した様子は、ただの聴衆となりかけていた人々を奮い立たせる。
王の面前である事を恐れず、処刑を止めるよう民衆は呼び掛ける。
ある一人から発せられた声に乗せて、次々と人を巻き込んで声は拡大する。

その人混みを掻き分け、恐れを完全に失くした歌織は処刑台に勢いよく上り、伊代の上に覆い被さる。
伊代の前に立ちはだかる処刑人は、青銅の剣を掲げたまま困惑する。

「か、歌織?!どうして?」
「殺させない!絶対に!親友を死なせはしない!」
「おい、こいつを退けろ!」

怒り狂った王は兵士に命じるも、歌織は伊代に張り付いて離れる気配がない。
困惑する処刑人に苛立った王は、青銅の剣を奪い取って乱暴に振り回し始めた。

「退け、退け!余が反逆者共をまとめて斬り捨ててやる!」

兵士達は皆恐れて、歌織と伊代から離れ処刑台からも飛び降りていく。
歌織は狂乱する王を真っ直ぐに睨みつけ、最後の通告をする。

「伊代の言葉に逆らえば、神々の怒りが降るぞ!」
「余に刃向かう反逆者を成敗してやるわ!皆の者!これがこの国の王に逆らった者の末路じゃ、しかと目に焼き付けよ!」

悲鳴をあげる民衆を他所に、王は青銅の剣を高く振り上げる。
それが歌織の上へ振り下ろされようとするその時、歌織は何かを感じ取り、王の背後に広がる曇天を指指す。

「神の怒りだ!!!!」

その時、視界が突然白くなり目を開けていられない程明るくなる。
そしてけたたましい轟音が鳴り響き、周りにいた民衆共々を強烈な電撃が襲った。

落雷である。

歌織達が恐る恐る目を開けてみると、目の前に立っていたはずの王は剣を手に掲げたまま倒れている。
そして同じくして、広間の目の前に建てられている主祭殿から火の手が上がる。
黒く焦げた屋根の頂点から燃え上がり、段々と炎は勢いを増した。

民衆は震え上がり、悲鳴を上げて逃げる者や平伏して天に向かって祈る者もいる。
兵士や臣下達は混乱し、本来の務めを忘れて唖然としている。
自然の怒りとも取れる突然の災害発生と、常日頃から命令を仰いでいた王が倒れた事で、民衆は何をどうすれば良いのか道標を失くしている。

「静まれ!皆、静まらぬか!」

一声を上げて民衆を黙らせたのは、葉李菜(ハリナ)だった。

「皆、まずは落ち着くように。これは神からの警告であり、我らを恐怖に陥れるものではない。神からの御言葉に背いたのだから、この様な稀な事が起こったのだ。今からでも遅くはない、伊代殿が受けた啓示を皆が実践すれば、必ず災いは退けられるだろう」

「し、しかし・・・・王はいかがされたのか?!」

次の落雷に怯え処刑台に近づけない大人達は、ムラ長を筆頭として腰を抜かしている。
葉李菜たちの足元で伸びている王の容体を気にしているのか、それとも王から後々受けるだろう叱咤を気にしているのか。

「王はご無事じゃ。心配には及ばない。しかしたとえ王であろうとも、神の啓示に背きたみの生活を蔑ろにする事は悪であり、この様な罰が下ってもおかしくないもの。皆はこれを肝に銘じ、祈りを怠る事の無きように。これよりは来る野分に備えるべく、私より命令を下す」
「お、お待ちください!いくら姫巫女様であっても、政の指揮を執られるとは・・・・」
「何じゃ、女子は政に口を出すものではないと申すのか?」
「い、いえ、そのような物言いでは・・・・」
「皆、よく聴いて欲しい。これまで私と王は、二本の柱であった。王はこの国の政の長として、私は巫女の長としてそれぞれが奴国の為に尽くしてきた。しかし迫り来る脅威の前にそれは無力である。王が大事の今、私が王の代理人となる。私が下す決断は全て、王の采配であると心得よ。異論がある者はおるか?」

民衆は静かに、物音を立てる事なく葉李菜の一言一句に耳を傾けている。
神の災いの前に異論を唱えるものはおらず、そして王以上に堂々と、凛とした佇まいの姫巫女を弱い存在だと思う者もいなかった。

「そして、ここにおわします伊代殿を、これより最高司祭の代理人、つまりは神の代理人とする。奴国がこの一大難を乗り越えるまで、伊代殿に神の御言葉を窺っていただく」
「え、そんな・・・・困ります」
「伊代殿、異論があるのか?」
「だって、そんな大役が私に務まる訳ない・・・・」
「皆、其方を頼りにしているのです。どうか」

葉李菜は王や司祭に対してするものと同じように、伊代へ深々と頭を下げる。
身の丈に合わない大役に戸惑いつつも、今はそれを議論している暇はない。すぐに野分はやってくるだろう。その対策を民衆に指示し、備えなければならない。
伊代は小さな声で頷き、隣にいる歌織に助けを求める視線を送る。

「大丈夫、私たちも協力するから」

こうして葉李菜と伊代は二つの司令塔となって、人々に指示を出した。
まずすぐに動ける兵士達は、主祭殿の消火活動と被害を受けた者の確認と救助をするように伝える。
次に日頃田畑の世話をしている女子供は、収穫間近の稲を少し早い段階で全て刈り取るように命令を下す。
稲から稲穂の部分を刈り取り、脱穀して蔵に収納できるようにする。
通常であれば籾殻(もみがら)を剥き、乾燥させたりするなどの処置が必要だが、一刻を争う為に省略せよと言い渡される。
男達は住居の防備や、ムラを取り囲む塀や堀の補強に勤しむ。

そういった日頃の嵐対策に加え、伊代からは川の氾濫や土砂災害に対する警戒も提案される。
これらは現代の日本で、大型台風襲来の際に想定される被害の数々である。
ムラ長や大人達は被害の想定に疎く、これまでの備えのままで良いとして首を縦に振らない。
しかし王の代理人となった葉李菜が強く推し進め、備えを強化するよう命令が出された。
これまで政治に対して意見を出さなかった姫巫女が、堂々と逞しく臣下へ指示を出す姿に、大人達の見方はみるみる変わって行った。遂には、懸念や提案は全て伊代と姫巫女に伝えるべしとの通達が出される程になった。

人手が足りない場合については、囚人達を動員するよう伊代から提案がされる。
勿論彼らに水や食料を配給した上で、動ける者は稲の刈り取りや塀の補強に連れ出された。
中には久方ぶりに牢の外に出た者もおり、釈放ではなくとも感極まる者がいた。
加真次(カマジ)もそのうちの一人である。

「空はこんなに広かったかな」
曇天の空を見上げながらも、加真次の目は明るい日差しが宿るように輝いている。

「伊代さん・・・・いや、伊代様に感謝しなきゃならねぇな。太陽を見られるのは処刑される日まで無いと思っていたんだが」
「まだ太陽は見れてないだろ。見れるようになるまで、頑張って働こうぜ」
と、太市は加真次の背中を叩く。

京平はあの処刑の日、一時的に体調を崩したが回復し、ムラの人々の手伝いを難なくこなしている。あの日の取り乱し様は何だったのか、太市が尋ねようとするも京平は触れようとせず、忙しい日々の中に霞んで行った。

歌織の耳鳴りも、落雷を境にして綺麗に消えていた。
気がつけば治っていたという具合で、歌織自身は特に気にしていなかった。思い悩んだり緊張で張り詰めていたストレスによるものだろうと、様子を窺った太市に話した。

こうした民衆総出での対策は三日程度で為され、伊代の予言通り、野分(のわき)は襲来した。