老婆は準備が整うと、葉李菜、阿湯太那、小麻李、そして伊代を横一列に並ぶよう命ずる。
「皆各々思う事があるじゃろうが、己に強く問うてみよ。祭壇に飾る銅鏡は神の御心を見るものであるが、鏡に映る己自身を見つめ己と向き合う為のものでもある。己と向き合ってこそ、神々はお導きくださるのだ」
東の空が徐々に青白く、そして赤く光り始める。
朝の祈祷は日の出後に太陽を見つめながら行うものだが、今回の祈祷は太陽が昇る前から始まった。
老婆は笹の枝を手に祭壇に一礼、東の空に一礼する。そしてまるで舞うかのように祈り始める。
葉李菜の祈祷とはまた違い、年齢によるゆっくりとした祈りながらも一挙一言に重みがあり、神に強く問いかけている様子が窺える。
やがて、東の空から燃える太陽が浮かび上がる。
祭壇から田園、クニ中がゆっくりと陽の光を浴びて照らし出される。
そして老婆が一言強く発声すると、空気が震え、辺り一帯に “何か” が伝わっていく。
まるで衝撃波のようなそれは、昇ったばかりの太陽を雲で覆い隠す。
そして冷たい風を呼び起こし、黄金色の稲穂を強く揺らす。
「これは・・・・野分じゃな」
「野分って?」
「お前さんが申しておった嵐のことじゃ。これは、大事になるやもしれぬな」
時を同じくして、老婆の “何か” によって異変を感じ取った者がいた。
牢獄内で一人寝付けず夜明けを待っていた歌織は、突然耳に違和感を覚える。
甲高い音が耳の奥で鳴り響き、鼓膜に覆い被さっているかのような感覚に陥った。
「なんか、耳が・・・・」
「どうかしたのか?」
浅い眠りから覚めた太市が、歌織の様子を気にかける。
牢の奥では、京平が背を向けながらも耳を傾けている。
「耳鳴りがするの」
「疲れてるんじゃないか?昨日あんまり寝てないだろ」
「うん、そうかも。貧血とかかな」
「ちょっと休めよ、って言いたいところだけど、それどころじゃないよな」
歌織は顳顬を抑えながら、今日起こる不吉な事に思いを馳せた。
伊代は必ず助けてくれる、その思いは一本の大樹のように真っ直ぐで、信じて疑いなかった。
また同じ頃少し離れた山里で、老婆のそれを感じ取った者がいた。
邪馬台国から遥々、こちらへ向かう者達がいた。
女王の命令を受けて奴国にいるという客人を自国に迎えるという使命を担う、難斗米や都心牛利らだ。
陸路をひたすら進んできたが、一万里以上も離れた奴国へはまだまだ先が長い。
水路を通れば三分の一程度の日数で済むのだが、どういう訳か今回は水夫の同行が許されず、三人ほどの侍従だけを連れて足を酷使せざるを得なかった。
雪が降る季節までには着きたい、と希望的観測を巡らせ、クタクタになった一行は大きな木陰で休息を取っていた。
老婆のそれを感じ取って目を覚ました難斗米は、東の空を見て異変が起きていることに気がつく。
晴天かと思われた空は、冷たい風によってみるみるうちに雲に覆われていく。
天気の急変、それが何を意味しているかはよく知っていた。
すぐ様まだ眠っていた都心牛利と侍従達を揺り起こす。
「都心牛利、起きよ」
「フヒン・・・・ど、どうされたのですか?」
「天気が悪くなるかもしれぬから、今すぐ出立しよう。これは・・・・野分がやってくるぞ」
「えぇ?!それは由々しき事」
「お国は無事だろうか。恐らく女王様ならご存知かと思うが」
と言いながら手早く荷物をかき集め、侍従共々移動し始める。
奴国の王都は、まだその姿を見せない。

