「ため息?ウザいよね、ごめんね」
と、挑発する歌織。
「でも、私をこうさせたのは、京平だからね」
歌織の行動を後ろから見ていた伊代は、戸惑いつつも、感心していた。
歌織がしているようなことを、私はすることが出来ない、と。
伊代はどうしても、相手の一挙一動に流されてしまう。
協調を重んじ、問題に立ち向かうことから遠ざかってしまう。
先程も、京平からの返事がないというだけで、家から立ち去ろうとした。
歌織が思い切って扉を開け、強引にでも京平に話しかけたからこそ、
彼の現状を知ることが出来た。
彼は、かなり危機的な状態にあることが、分かった。
俯いたまま、友人の誰の顔を見ようともしない。
どんな表情なのか、何を思っているのか、読み取ることは出来ない。
「何があったかは、聞かないよ」
と、歌織は引き続き、京平に語りかける。
「"あの" 京平が、引きこもってしまう程のことがあったんだろうとは思う。けどさ、悔しくない?さっきのやりとり、聞こえてたでしょ。あんたのお母さん、結構無神経なこと言うよね。京平のことだから気にしないようにしてきたんだろうけどさ、典型的なタイプだよね。子供の良い面しか見ない親。優秀な子供を甘やかす親って、そうなるらしいよ」
「歌織、あんま言い過ぎるなって」
と、忠告する太市。
「『言ってることおかしいよ』って、一度でも言った?子供が教えてあげないと、あの親気づかないよ。母親の前で良い顔して、内心傷つくでしょ」
部屋の向こうから、大きな鳴き声が聞こえてくる。
大人の女性の、あまり聞かない豪快な鳴き声だ。
鳴き声を耳にした歌織は、しまった、と顔を顰める。
対する京平はようやく顔を上げ、やんわりと不敵な笑みを見せた。
「あーあ。他人の親を泣かせた」
歌織はその顔を、キッと睨みつける。
「他人じゃない、友達だよ!」
「歌織、一旦落ち着こう」
と、太市は歌織の両肩に手を置く。
「悪かったな、京平。京平のこと、二人に話しちゃって。二人とも、心配してたんだよ。知らない国に一人で行っちゃってさ、突然連絡もつかなくなって、何か事件に巻き込まれたんじゃないかって、不安だったんだよ」
「突然来ちゃって、ごめんね。京平」
と、伊代も謝罪する。
「でも、元気そうな顔を見れただけで、安心したよ。だから、今日はもう帰ろう、歌織。京平のお母さんにも、謝ろう」
「気にしなくても、いいよ。したいなら勝手にすればいいし」
と、無気力に呟く京平。
「何言ってんの?酷すぎない?」
と、再び歌織は語気が荒くなる。
「引きこもってんのも、連絡とってないのも、俺の好きでやってるだけだし。まあ、いつかは元通りの生活に戻るよ。今は俺の好きにさせてくんない?」
「いつかって、いつ?」
「いつか」
歌織は未だ納得が出来ていない。
少しでも謝罪の意や、苦しんでいる一面を見せてくれたらよかった。
今、目の前にいる京平は、完璧に "誰か" を演じており、本心がどこにも見当たらなかった。
そのことで逆に、京平の苦しみを自分が受けているように感じ、歌織は引き下がれなかった。