タイムトリッパーズ〜いつの時代も必ず君に逢いにいく〜 第一章 YAYOI〜日出づる國の女王〜







「友を助けられないのは助ける術がないからでは無く、お前さんが無理だと思っているからだ。どんなに頭で考えても出来ない、不可能、そんな事はこの世には一つもないのだよ」
「じゃあ、皆を助ける方法は何だって言うんですか?」
「祈りだよ」
「祈り?結局、神頼みですか」
「確かに我らは先祖代々の英霊、今は神となられた方々へ祈りを捧げ、時に采配を仰ぐ。しかし采配を仰ぐだけで、決めるのは己じゃ。その采配に従おうが、無視しようが、全ては己の決断。祈りとは神対政ではない、己対己の問いかけである。であれば、『どうせ友を助ける事は出来ない』と思っていれば助ける事は永遠に叶わないのだ。自分の力ではどうしようもない、でも友をどうにかして助けたい、その思いが強ければ必ず味方してくださる」

老婆の言葉の重みと穏やかさに、伊代の心はいつの間にか平静を取り戻していた。
まだ日の昇らない東の空を見つめ、老婆は昔話を始める。

「巫女とは、そういう役割を一心に背負うのである。神の采配を聞いて民に示すが、それで国を救えれば英雄、救えなければ罪人と言われる。つまるところ、神を御前にして巫女がどう受け取るかという人の心が入ってしまうのだ。だから巫女は修行をし、何者にも揺るがぬ強靭な精神を鍛えるのじゃ」
「でも、それっておかしくないですか?神様の采配だって言ってる割に巫女を罰するなんて、それって神様を無視しているみたい」
「男には知り得ない事だからじゃよ。男は巫女になれぬ、神の言葉を聞くことが出来ない男には、そういう不義が出来るのじゃ。終いにはその巫女の足の骨を一つ抜いてしまうのだからな」

そう言って巫女は、杖で支えている左足を見せる。
膝の辺りに古い切傷があり、周辺の足の形が不自然に歪んでいる。

「お婆さんは昔、巫女として責任を取らせれて理不尽な罰を受けたという事ですか」
「そうカッカするでない。この足とは長い付き合いだ、憎悪なんて残っていないよ」
「ということは、葉李菜(ハリナ)様もいつか責任を取らされて罰せられる、みたいな事があり得るって事ですか?すごい理不尽。一生懸命民に尽くす巫女さん達が可哀想」
「姫巫女様は民に尽くしてなどおられぬ」
「え?」
「確かに民を思う気持ちはあるのだろうが、今は神よりも恐るる存在があるようだからな。果たして占い結果の全てを語っているのか」
「葉李菜様に限ってそんな・・・・」
「何かを恐るる心は誰しもが持っているものじゃ。けれどもな、己の死は決して恐るるに足らぬよ。死を恐れてはいかん。どのように辛い目に遭おうとも、例え足の骨を抜かれようとも、このように生きておるのだから。しかし友や家族、心の繋がった大切な者は失いやすい。足の骨と引き換えに、儂の決断に救われた者が一人でもおるのであれば、全くの無傷なのじゃ」

老婆は家を見上げる。
そこに住む阿湯太那(アユタナ)加陽(カヤ)、その子供達に思いを馳せる。
老婆が語る “救われた者” それは兵長達の事だった。

阿湯太那と加陽は奴国(ナコク)の辺境部の出身であった。
数十年前、それはまだ二人が夫婦の契りを交わす前の事である。
隣国である不弥国(フミコク)と領地を巡っての争いが絶えず、辺境のムラにまで戦火が迫っていた。
辺り一帯は田畑が広がり、食糧の収穫において国で一二を争った。

この事に目をつけた不弥国は、国間の境界線について異議を唱えて領地を拡大しようと試みたのだ。
かつての奴国王や臣下は、敵軍が押し寄せる前に兵を派遣し迎え討とうと考えた。
しかし当時の巫女の頂点に君臨した老婆は、鹿卜を行い神々へ伺いを立て、下された采配を忠実に民に伝えた。

“戦は無用、避けるべし。”

戦火の及ぶ恐れのある辺境のムラの人々には退避を命じ、食糧の宝庫を手放して易々と不弥国に与えてしまったのだ。
その結果本来得るはずの一年分の米や作物が手に入らず、腹を空かせる事となった。
また逃げ延びた人々の住居を世話するのに時間を要し、民の不安は募った。
この決断が正しかったのか疑う者まで出現し、王は巫女に肉刑を下して主祭殿から追放した。

老婆は行き場を失い、民から受ける心無い扱いや罵倒に苦しんだが、新しい住居を建てたばかりの阿湯太那は命を救って貰った恩を感じ、老婆を自宅に住まわせた。
以後、加陽と夫婦となってからも住居に滞在させている。
そして何年もの月日が流れ、邪馬台国の連合国となった際にその領地は奴国に返還された。

老婆の謎に包まれた半生を、伊代はこうして垣間見る事になったのだ。