「あ、あの、お婆さんは・・・・何か知っているんですか?」
「何かって、何さ?」
「えっと、それは、何か、あの・・・・」
この何者かわからない謎に満ちた老婆を伊代は慎重に伺うも、のらりくらりと言い返す老婆はそれを楽しんでいるようだ。
「儂が何を知っているかよりも、お前さんが何をわかっていないのか、その方が大事だと思うがね」
「私が、何をわかっていないか?」
「そうさ。まずはお前さんがわかっている事を片っ端から並べなさい。お前さんが今置かれている場を知るんだ」
「えっと・・・・知らない国に突然来て、知らない人たちに異国人扱いされた。太市と京平が捕まって、助ける為に今度は歌織が捕まった。明日には刑が執行されてしまう。助けたいと思うけど、何をどうしたらいいか見当がつかない」
「うむ、それで?」
「それで、夜になって眠れなくて、夢を見たいのに目が覚めてしまって、小麻李ちゃんに月を見せてもらったけど全然眠れなくて、小麻李ちゃんの方が寝ちゃったし。そりゃそうだよね、夜も遅いしこんな小さな子に気を遣わせる方が悪いよね。それで、ぼうっとしていたらお婆さんがやって来て、そんな感じ」
「うむ、ではお前さんがわからないことを並べてみよ」
「三人を助ける方法。ここから抜け出して東京に戻る方法」
「うむ、それで?」
「それでって・・・・他はないです。強いて言うなら、弥生時代でスマホを充電するにはどうしたらいいかとか、こんな麻のゴワゴワした服じゃなくてもっとラフな服はないのか、とか」
「・・・・うむ、後半はよくわからなかったが、そこまで大事ではないだろう。重要な事は、わからない事を如何様にして知ることが出来るのか。彼らを助ける方法は、どこにあるのか」
「方法があれば今すぐにでも教えて欲しい」
「なんじゃ、お前さんは何も考えないのか?他人任せも良いところだ」
「だって私はまだ、この国の事を知らないんです。罪人の裁き方、兵隊の仕組み、法律みたいなものがあるのかすらわからない。もしあったとしても、あんな気まぐれな王様が何をするかわからない。だったら救出作戦を練っても全く意味を為しません」
「救出作戦だなんて、そんな大それた策を練らずとも良い。最後はその身一つで友を守ればいい」
「そんなこと・・・・」
「”出来ない” と言うのかね?」
老婆の言葉が、伊代の心にストンと音を立てて落ちた。
言い訳ばかり並び立ててきた長話の中の、伊代の結論であるとばかりに。
その言葉が導き出されてから、奥底に閉じ込められた多くの言葉が心の門を突き破り、外へ解放されていく。
「じゃあ何が出来るんでしょうか?こんな私に。異国から来た小娘に。今まで人の前に立つ事を拒み続けてきて、理不尽な事を言われても反論する程の勇気がない私に。私だってみんなを助けたい。歌織みたいに命を賭けても王様に歯向かえるようになりたい。でもこんな私に、今ここで何が出来るの?」
「出来ない理由はただ一つ。お前さんが出来ないと思っているからだ」
伊代が老婆を見ると、真っ直ぐで穢れのない瞳に射抜かれ、恐ろしくなった。
それでも伊代は、老婆から目を離すことも、後退りする事も出来ない。
羽交締めにあったかのように震えるほどだ。
老婆の口から紡ぎ出される、次の言葉が知りたかった。何でもいいから自分を導いて欲しかったのだ。

