牢獄は相変わらず空気が澱み、汚れていた。
しかしいつもと違ってどこか空気は賑わっていた。
久しぶりに栄養を摂った囚人達の口は達者になり、牢屋間での会話が多くなった。
病に倒れ放置されていた者にも、動ける者が手を貸して食料を口に運んだ。
牢獄で親しくなった加真次も、上機嫌で他の囚人達と話している。
腹が膨れることは無かったが、彼らの表情には安らぎが宿っているように太市は感じた。
「歌織、ありがとう。おかげでみんなが元気になってるように感じるよ。てか、歌織はちゃんと食べたんだよな?」
「あ、うん。私はここに来る前にちゃんと食べさせてもらってるから」
すると間も無く、太市の腹は大きく音を立てた。
「あはは、流石に満腹にはならなかったか」
「ごめん、持ってきた食料はもう無いんだ。あとは、京平に食べさせる分・・・・」
「残しておこうよ。アイツの方がだいぶ弱ってるし」
京平は牢屋の奥で眠っている。しかし名前を呼ばれたと思ったのか、ようやく目を覚ました。
「・・・・た、太市」
京平のか細い声を聞きつけて、太市と歌織はすぐに駆け寄る。
脱水症状で顔は青白く、皺が寄っているように見える。
「お、京平起きたのか。歌織が運んできた水と食べ物、まだあるぞ」
「・・・・す、すまな、い」
「無理して喋らなくていい。あ、もしかして便所か?」
京平は二人の助けを借りて上半身を起こす。
そして水筒から水を少しずつ飲み、木の実も自分の手で食べた。
少し回復した姿を見て、歌織は安堵する。
「太市、京平・・・・起きたばかりで申し訳ないんだけど、話さなきゃいけないことがあって」
「どうした、歌織。もしかして、王様と話したこと?」
「そう・・・・驚かないで聞いて欲しいんだけどね」
歌織が言いかけたその時、牢獄の重い扉が開かれる。
囚人達が注目する先には、九真由によって連行されてきた綺那李がいた。
綺那李は歌織たちの牢屋の隣の、空の牢屋に閉じ込められる。
「あれ、君確か、兵長の娘の・・・・」
「綺那李ちゃん、どうしてここへ?」
綺那李は収監されたというのに怯える姿を見せず、寧ろ誇らしげに語り始める。
「どうしてって、私も歌織殿と同じように牢獄に無断で侵入し、皆さんに食べ物を無断で流していた。牢獄に入れられて当然だと父様に言って、自らここに入る事を望んだのだ」
「自分から進んで牢獄に入るなんて、どうしてそんな危険なことをするの?」
「だって、自分一人だけ逃げる訳にはいかないではないか。罪人は皆例外なく処刑されるというのに、兵長の娘だからといって罪を逃れていい理由にはならない・・・・」
綺那李の言葉に一瞬牢獄内は静まり返り、そしてどよめきが起こる。
『罪人は皆例外なく処刑される』この事を囚人達は皆初めて耳にしたのだ。
そしてその事を隠していた歌織は素直に謝罪し、経緯と詳細を伝えた。
「つまり歌織が王様を怒らせるような事を言ったから、罪人は全員死刑にするようにって命令が出たってこと?気まぐれにも程があるな、この国の王様は」
と、太市は頭を抱える。
しかしここまで納得した囚人は他にはいなかった。
「勘弁してくれよ、どうして俺たちまで処刑されなきゃなんねえんだよ!」
「米をちょっと盗んだだけなのに、それだけで打首にされちゃ堪ったもんじゃねえ!」
「余計な事をしやがって、この女!」
「食べ物を運んできた女神かと思っていたのに、実は疫病神だったか」
というように、次々に歌織を罵り始めた。
地面に転がっている石を牢屋へ投げ入れる者もいる。
太市が壁となって石を防ぐが、歌織は申し訳なさから牢屋の奥に逃げることもせず、一部の石は肩や脚に当たる。
それでも囚人達への説明を中断しなかった。
「まず、明日私が処刑の対象になる。それ以降準備が整い次第他の皆んなも・・・・ってあの兵長は言ってた」
「歌織が明日、処刑?!何でそれを先に言わなかったんだ、大事なことなのに」
「それよりもさ、弱ってる京平を介抱することの方が緊急だったじゃん。もちろん、太市を助けることもね」
「忘れたのか、この世界で絶対に避けなければいけない事。死んだら、元の世界には戻れなくなるんだぞ?」
「あ・・・・そんな事もあったね、すっかり忘れてた」
「『忘れてた』で済む話かよ、おまえ死ぬんだぞ?死ぬってどういう事かわかってる?」
「で、でも、伊代が何とかしてくれるよ。そういう計画なの。私は牢屋に敢えて入るけど、すぐに伊代が助け出してくれて皆んなで脱出する!」
太市と歌織の会話を聞いていた京平は、大きく溜め息を吐く。
「俺たちが逃げても、誰かは犠牲になる。ここにいる囚人全員が処刑の対象なんだ、こんな人数で逃げ切れる訳がない。俺たちの軽い判断が、誰かの命を左右させている。そんなことにも気づかないのか?」
「わかってるよ、わかってる・・・・でも私の脳みそじゃこれくらいの事しか考えられなかったの。伊代を信じてるから。伊代が何とかしてくれるって」
「信じるしかない、だろ?それ以外に頼れるものがないからな。どこからそんな自信が沸くんだよ」
「うるさい、とにかく病人は寝ててよ!脱出はどうにかするから、病人は余計なことを考えなくて結構!」
そう言って歌織は京平に背を向ける。
そっぽを向いたように見せるが、歌織は今にも涙が溢れそうで仕方がなかった。
無力な自分は伊代に頼るしかない。でも無事に救い出される確証なんてない。
この事態を招いた事が果たして正しかったのか、京平に突かれたことでわからなくなってしまったのだ。
京平も京平で責める言葉しか選べないが、心の底では歌織の事をとても心配していた。
明日が最期の身かもしれない彼女に気遣いの言葉もかけられず、どう接すればいいかわからない京平は、歌織に背を向けて再び寝てしまった。
罪悪感を寝床の藁に埋めるようにして。
そんな男女の複雑な思いを横目に、加真次は呑気に言う。
「ま、どうせ処刑を待たずともここにいりゃ、飢えて死んじまうのさ。死に方を選べるなら、俺は一思いにスパンとやって欲しいね。ちなみに、処刑で使われるのは青銅の刃だ。鉄製とは違って柔らかくて切れ味が悪いから、何度も首を斬られて苦しむ時間が長いから心しておけよ」

