タイムトリッパーズ〜いつの時代も必ず君に逢いにいく〜 第一章 YAYOI〜日出づる國の女王〜




赤い夕陽が西の空に沈み始める頃、伊代は葉李菜(ハリナ)のもとにいた。
主祭殿の一番上の階は祈祷を行う部屋になっており、姫巫女や選ばれた巫女達しか入ることが許されていなかった。
国王ですら立ち入りが出来ない場所に伊代が難なく居られるのは、彼女が東の国の巫女であることを認められたから、というのは葉李菜の口実である。

「申し訳ない、伊代殿。どこにいても人の目が光っているのでな、兄上に知られない為にはここで話すしかないのだ」

葉李菜はまず、深々と頭を下げた。
このような事態に陥ってしまったことへの謝罪らしい。
いくら気まぐれであれ、王は王であり、その決断を守ることこそ臣下の務めである。
臣下が王を守らねば、それは火種となり争いを呼び起こす。
奴国(ナコク)邪馬台国(ヤマタイコク)の連合国となって以来、守られてきた事だった。

伊代は必死だった。
親友が明日にも処刑されそうになっているのに、それを止めない訳にはいかない。
歌織は必ず伊代が食い止め、救い出してくれる事を信じている。
信じているからこそ歌織は牢獄へ自ら向かい、京平や太市を助ける決断をしたのだ。

しかし伊代には成す術がなかった。
決定的な救出方法など無く、いくら考えても思いつく訳がない。
無力で無能な自分に腹立たしかった。
歌織はなぜこんな私に自らの命を託したのか。
四人の中で最も歴史に通じているからか?
これから起こる史実を的確に言い当てられるとでも思っているのか?

残念ながら伊代の持つ弥生時代の知識はそう多くなかった。
文献があまり残っていない時代だからこそ、大学院での研究対象からは外していた。
そもそもこの時代に対して興味が湧いた事はない。
文明も栄えていない時代、どのような人物が何をしていたのかもわからず、ただ原始人よりも少しは頭脳が発達していたのだろう程度の思いだった。

「お願いします、葉李菜様。王様に処刑の命令を撤回するように言ってくださいませんか。どうか!」

伊代は葉李菜に何度も頭を下げた。
しかし葉李菜は頷く事は出来ず、ただひたすらに謝罪を繰り返した。
伊代が無力さに打ちひしがれているように、葉李菜も己の無力さを嘆いていた。

兄王の即位に合わせて葉李菜も最高司祭に就任した。
兄は政で民を治め、妹は祈りで二本の柱となる。
二人の連携で国を治めていくと固く誓い合った。

しかし時が過ぎるにつれ、兄王と葉李菜の関係性は変わっていく。
兄は権力により人々を支配下に置き、自分が絶対である事を民に植え付けるようになった。
その対象は葉李菜も例外ではなく、姫巫女ですらも王に逆らう事を許さないようになった。
王の決断に意を唱えれば、王は(すこぶ)る機嫌を悪くして詮議を放り出したり、腹を立てたら裏で平手打ちを喰わされた事もあった。
こうして葉李菜は次第にその横暴さに逆らう事が出来なくなり、気まぐれ王の独裁政が誕生する。

「はじめからこうではなかった。兄王は誠実で、民の声をよく聞いておられた。だが聞き過ぎるあまり民と臣下の板挟みに遭う事も多かった。私が早く気づいてお力添えをしていればよかったのかもしれぬ。こうなったのは私の責任だ」
「そう思っているんだったら、なぜ王様に抗議していただけないんですか?王様に物を言えるのは、最高司祭であり王妹である葉李菜様だけだと思います。早くしないと、私の友達が殺されてしまいます!」
「・・・・歌織殿には、申し訳ないと思うておる。じゃが、今の兄王を止める事は誰にも出来ないのだ」

葉李菜は再び、深々と頭を下げる。
祈祷の部屋は言うなれば、先祖代々の御霊の面前。
神々となった先人達の前で最高司祭が謝罪をする事は、神々へ恥を示しているのと同等だった。
その意味を伊代は完全には理解できず、どうする事もなく、彼らは夜を迎えた。