「全くもう、強がって私の水を飲もうとしないからだよ」
歌織の言葉には怒りと、悲しみの色が込められていた。
そして歌織は重ね着をしていた衣服の中から、水筒とたくさんの食料を出す。
「え、歌織、これは?」
「持ってきたんだよ、馬鹿が垂れ死なないようにね。昨晩のせいで同じルートから忍び込むことが難しかったから、王様をわざと怒らせて牢屋に入れてもらったの」
「マジかよ。歌織、本当に怖いもの無しだな。いや、馬鹿だから出来るのか?」
「うっさいな。太市もほら、何も食べてないでしょ」
歌織は森林で詰んだ木の実や、老婆から分けてもらった麦飯のおにぎりを太市に差し出す。
数日何も食べずに縮んでしまった胃袋は正直で、太市は無心で口に頬張る。
これが歌織の計画の一つだった。
もう一度牢屋に入るためには、囚人として堂々と入れてもらうしか方法は思いつかなかった。
結果的に最悪の判決を受けてしまったが、それは今問題にすべきではないと思い、歌織は太市に話さないでいる。
京平にも同じものを食べさせようと、歌織は彼の体を揺り動かして声をかける。
「京平、私だよ。食べ物を持ってきたの」
京平は薄らと瞼を開け、乾いた声で何かを話しているようだが、言葉にならない声は何を伝えようとしているのかわからない。
歌織は麦飯のおにぎりを食べさせようと、京平の体を起き上がらせて自分の膝に背中を乗せ、上半身が起き上がるようにした。
口におにぎりを運ぶが、京平は頭を背け、一向に頬張ろうとしない。
「食べて、お願い。京平のために持ってきたの。また偽善者とか、お人好しだとかって思ってるのかもしれないけど、私はそれでも構わないよ。京平が無事だったら。太市や伊代が無事でいられるんだったら、どんな状況でも私は必ず会いに行くから。私はそういう人間なの」
京平は歌織の話をじっと聞いて、細く開いた瞼から真っ直ぐな瞳を歌織に向けている。
そして掠れた声で何かを呟く。
歌織がそっと耳を近づけると、京平は繰り返して『無事だったか、歌織は無事か』と小さく言う。
「うん、私は無事」
そう答えると、京平は安心したように瞼を優しく閉じた。
斜向かいの牢屋から『飯よりもまずは水を飲ませてやったほうがいい』と声をかけられ、ハッとした歌織は水筒を手に取り、静かに京平の口に流し込む。
京平の喉はゆっくりと動いて嚥下する。
『次は消化に良いものを』と加真次から助言を受け、続いて煮た豆や木の実をゆっくりと口に運んだ。
食べ物の匂いにつられて、先ほどまで倒れていた周りの囚人たちが起き上がり始める。
全員が物欲しそうに歌織たちの牢屋を見ている。
しかし全員の腹が膨れるほどの食料は流石に持ってきていない。
「何とかして、皆に食料を分けられないかな。皆、瀕死の状態なんだ。病気の人もいる」
と、太市の同情心から、二本の水筒と麦飯のおにぎり、川魚や木の実を、牢屋から牢屋へ回し始めた。
結果的にすぐに手元の食料は無くなってしまった。
しかし加真次をはじめ、囚人たちは久しぶりの食事に笑みを浮かべ、活気が蘇ったように感じた。
「歌織、本当にありがとう」
と太市が歌織の肩を抱く。
「少しの食料だったけど、腹が満たされたよ。もし明日に雨が降れば飲み水も得られるし、数日は保つかもしれない。詮議はすぐにでも開かれるかな、そうすれば僕らの無罪を証明する機会を得られるはずだ」
太市の言葉に、歌織は頷くことができず曖昧な笑みを返した。
"数日は保つかもしれない" この言葉が現実にはあり得ないのだと、歌織はどうしても伝えることが出来なかった。
すでに詮議は終わり、自分の失態で全員の寿命を縮める可能性があるということを。
後を託した伊代が、自分たちを解放してくれる事を祈るしかなかった。

