扉を開けた途端、そこは灯りのない暗闇。
カーテンの隙間から入り込む街灯が、唯一の明かりになっている。
続いて鼻に飛び込んでくる異臭は、コンビニ弁当やお菓子、ペットボトルの飲みかけによるものだとすぐにわかった。
窓側のベッドの上で疼くまる、黒色のフード帽を被った塊。
それが京平だった。
部屋の状態に、三人は唖然とする。
「京平」
歌織の呼びかけに、黒い塊はゆっくりと動き出す。
フード帽の中でイヤホンを外し、一年ぶりにその瞳がこちらを見つめる。
「・・・・うるせぇ」
一年ぶりの、京平の声である。
数時間ぶりに声を出したのか、掠れていた。
「久しぶり。元気だった?」
歌織は強気のまま京平に語りかけるも、またすぐにイヤホンを着け、音楽を聴き始めてしまう。
「聴こえてるんでしょ?無視はしないでよ」
呼びかけ反応はない。
微動だにしない黒い塊に戻ってしまった。
「ほら、伊代たちも何か喋ってよ」
と、歌織は会話を促す。
「・・・・京平、久しぶり。日本に帰ってきてたんだね」
と、伊代が話しかける。返事はない。
「ごめんな、無理やり来ちゃって。さっきまで三人で飲みに行ってて、近況とか話してたんだよ。
てこれ、さっき話したよな、ははは」
と、太市が話すも見向きもされない。
太市と伊代は、また目を見合わせた。
「何か言いなよ」
歌織は耐えきれず、京平へ近づき強引にイヤホンを外す。
「何か言ってよ」
と、歌織の語気はより強くなる。
乾いた瞳は歌織を捉えて、ゆっくりと口を開く。
「・・・・あ」
ふざけるなと言わんばかりに、歌織は持っていたイヤホンを床に叩きつける。
「歌織!」
太市は歌織を後ろに引き離し、京平との距離を保たせる。
歌織は、心の中で強く絶望していた。
歌織が知っている京平は、いつでも前向きで、芯があり、堂々としていた。
仲間たちへの厚い信頼があるように、自分自身の可能性も信じることができる、尊敬できる人物であった。
それが一年の短い期間で、廃人のようになってしまった。
歌織はそのことにショックを受け、かつ裏切られたと感じているのだ。
「帰国してから、私たちに何の連絡もしなかったの、何で?
私、京平から海外の話聞けるの楽しみにしてたんだけど。家に帰るので精一杯だった?引きこもるのに忙しかった?
・・・・てか、トイレとお風呂以外、部屋から出てこないって聞いたけど。あれ、嘘だよね?
家族に隠れて外出してんの?部屋から出てこない人がコンビニ行けるはずないもんね。」
京平は少しだけ動いた。
息を大きく吸うために、動いた。
「コンビニだけじゃないでしょ。私の路上ライブ、見に来てたよね、一回」
「え、そうだったの?」
と、驚く伊代。
「すごい遠いところにいたけど、今と同じパーカー羽織ってたし、
私が京平に気づいたら、逃げるように行っちゃったよね。
何で引きこもりの演技してるの?気づいて欲しいの?構って欲しいんだ?」
京平はまた動いた。掠れ声でため息を吐くために、動いた。