辺りはまだ未明、東の空がほんのりと薄明るくなってきている。
伊代の寝床の隣は二人分の寝床が空になっており、歌織と綺那李はまだ帰宅していないことがわかる。
夜が更けてから出発したはずの二人は、食料と水分を牢屋に運ぶだけで長居はしないと言っていた。
「伊代さん」
先に目覚めていた小麻李が身体を起こし、寝ている加陽に気づかれないよう忍足で伊代に近づいてきた。
「いくらなんでも、遅いよね。何かあったのかな」
「しーっ、母様に聞こえます」
小麻李は七歳の幼子と思えないほどの落ち着き様で、伊代を家の外へ誘導する。
「朝の祈祷に出るよう言われているので、私は母様よりも早起きなんです。だから外なら怪しまれないと思って」
すでに小麻李は、巫女の衣装に着替えている。住居の裏に用意している水桶で、顔を洗う。
そして声を顰めて、歌織と綺那李の行方について会話する。
「ちょっと気になってたのは、父様が家に帰って来なかった事です。もしかしたら夜のお勤めで、牢獄の見回りに行っていたのかもしれない」
「それって小麻李ちゃんのお父さんに見つかった可能性があるって事?もしそうだったら、二人はお父さんのところにいるのかな」
「そうかもしれないです。無事だといいんですけど」
「自分の娘だし、手加減はしてくれるよね?」
「私たちの父様は、誰に対しても厳しいです。特に、綺那李姉様に対しては。姉様は牢獄や大人の建物に忍び込むことが多いから」
「最悪の場合って、どうなるのかな?」
「一緒に牢獄に入れられちゃう、とか」
最悪の想定を想像して顔を青くしていると、伊代達に近づく一人の影に気づく。
途方に暮れて逃げてきた、歌織だった。
伊代が近寄ると、歌織は険しげな表情で謝罪を繰り返す。
「兵士に見つかっちゃって、綺那李ちゃんが捕まっちゃった。お水は・・・・太市は飲んでくれたけど、京平はなんか怒って、突き返されちゃって。食べ物に至っては全く渡せなかった。折角貴重な食べ物を用意してくれたのに、何にもならなかった」
「京平、一滴も飲んでないの?ここに来てからもう数日経つし、もし飲まず食わずだったら、京平の体調が心配だね」
話しているうちに徐々に空は明るみ始め、加陽が起床して顔を洗うために出てきた。
「あら。起きてたのかい、三人して」
「・・・あ、うん」
「何か、していたの?」
加陽は、朝早くに家の外で密かに話していた三人に淡い不信感を持つ。
伊代たちが言い逃れするための訳を考えていると、さらに老婆が家から出て来る。
膝の悪い老婆が家から出て朝日を拝むことは、久方のことだった。
加陽は、珍しいものを見るように目を丸くさせた。
「どうしたんです、婆様?膝の具合はいいんですか?」
「良いよ、とても。久々に神にご挨拶を、と思ってね。小麻李や客人たちを誘ったんだよ」
「朝の祈祷に?お客人を参加させるのはちょっと・・・それに婆様、祭壇まで歩いていくつもりですか?」
「小麻李に手伝ってもらうよ。おまえさんは心配いらないから、ひと足先に祭壇へ向かったことを姫巫女様に伝えてきなさい。年寄りの歩みは遅いからね、先に出発しないと」
加陽はさらに老婆に尋ねようとしたが、それを遮った老婆は、客人二人分の巫女の装束を借りてくるようにと、さらに付け加えた。
神への毎朝の挨拶は巫女の慣習であり、ムラの人々の良い一日を願って欲しいと言う。
少しして加陽が帰宅すると、隣人の巫女の家から二人分の巫女の装束を借りて来た。
伊代と歌織は、祈祷どころではないと困惑しながらも、老婆の強い勧めに逆らえず巫女の装束に着替える。

