京平は、家族と共にマンションで暮らしていた。
学生時代に数回、三人で遊びにきたことがある。
京平の両親は共働きらしく、兄弟もいないため、実質一人暮らしなんだと、いつか京平は言っていた。
乗り慣れたエレベーターで上がり、三階の芹井家の前までやってきた。
扉横の縦窓からほんのりと照明が見えるが、その灯りは僅かでとても暗い。
「寝ちゃってるかな」
と、伊代は躊躇する。
意を決して太市が、インターホンをゆっくりと押す。
少し待ってみるも応答はなく、それどころか扉の向こうから物音さえ聞こえない。
「誰もいないのかも」
太市はもう一度、インターホンに手をかける。
その時、インターホンが点灯し応答がある。
「・・・・はい」
落ち着いた女性の声だった。京平の家族と思われる。
「こんばんは。夜分にすみません。川水流太市です」
太市の言葉に返事はなく、直後に玄関先の灯りが着き、扉が開かれた。
出てきたのは、京平の母親だった。
「お母さん、遅くにすみません」
「大丈夫よ、太市くん。それに・・・・二人は、大学で京平と親しくしていた子たちよね。
ごめんなさいね、お名前が浮かばないのだけれど」
「すみません、ご無沙汰してしまって。私が桜井伊代です。それとこっちが、蜂谷歌織」
京平の母は、丁寧に会釈した。
ほんの数回しか顔を合わせたことはなかったが、とても感じよく三人を出迎え、家の中へ招き入れた。
玄関を入って、すぐ左の扉が京平の部屋だった。扉に名札が下がっている。
「まだ寝てはいないと思うんだけど、声をかけてあげてくれると嬉しいわ」
「ありがとうございます」
と、伊代。
「トイレとお風呂以外、まったく部屋から出てこないのよ。良い歳して、どうしちゃったのかしらね。
引きこもるような子じゃなかったのに」
母の悪気のない言葉に、歌織は不快な気持ちを抱く。
「あ、お茶用意するわね」
「どうか、お気になさらず」
三人の遠慮の声を聞かず、京平の母はまっすぐ台所へと行ってしまった。
奥の部屋は静まり返っており、家には京平と母しかいないと思われる。
太市は、少し間を空けて、深呼吸をする。
京平の部屋の扉をノックする。
「京平、起きてる?太市だけど」
呼びかけ反応はない。
「夜にごめんな。実は今日さ、歌織と伊代と久しぶりに会って、飲みに行ってたんだ。
大学の思い出とか話してて、懐かしくなってさ。ついおまえん家に来ちゃった」
返事も、物音もしない。
「いつもこんな感じなの?」
と、伊代は声を潜めて尋ねる。「会話も出来ない状態なの?」
「うん。だいたいこうやって、扉越しに一方的に話しかけてる」
と、太市は答える。
「なんで引きこもってんの?」
と、扉の向こうに呼びかける歌織。
「折角会いに来たんだよ。一年ぶりだよ。少しでも顔見せてくれればいいじゃん」
同じく、扉の向こうは静まり返ったままだ。
伊代もまた、優しく呼びかけるが、結果は変わらない。
「どうしよっか」
と、二人の様子を伺う伊代。
「こればっかりは、時間が必要だと思うから」
と、太市は早くも、退散の雰囲気を醸し出す。
二人の逃げ腰の姿勢に呆れた歌織は、扉の取手に手を掛ける。
「京平、入るからね」
「ちょっと、歌織!」
制する二人を尻目に、歌織は強引に扉を開ける。