タイムトリッパーズ〜いつの時代も必ず君に逢いにいく〜 第一章 YAYOI〜日出づる國の女王〜




男は書斎の一番上の棚から、一冊の本を手に取る。
伊代の身長では台を使わないと届かない高さにあり、伊代が普段気にしたことが無かった本だ。
表紙は日本語ではない、見慣れない言語で書かれている。
「それは何の本?」
「この本は、秘密の本なんだ。出版されていないからね」

男がページをめくると、白紙だった。
どのページを捲っても、何も書かれていないしページ番号も振られていない。
伊代が不思議に思っていると、男は本に向かって何かを念じる。
すると伊代が瞬きをした瞬間に、白紙だったページに文字や図柄が浮かび上がる。
書かれている文字は日本語で、伊代にも判読可能だった。

「え、どうやったの?白紙だったのに」
「この本はね、道を切り開くための知恵を授ける本なんだ。あまり使いすぎてはいけないよ。いざという時だけ使いなさい」
「何だか、まるで魔法みたい。どうして・・・・ってこれ、私の夢なんだよね。夢の中ならあり得るか」

男はその本を伊代に手渡す。
突然現れたページを読むと、そこには天気図やその説明が書かれている。
内容は嵐の予報のようで、伊代たちがいる弥生時代に大型の台風が襲うというものだった。
「台風って、こんな時代にもあったんだね。てっきり現代の問題だと思ってた」
「弥生時代に気象庁はないから、天気を観測するという概念があるかはわからない。しかし軌道からすると、五日後には暴風圏内。この台風は甚大な被害をもたらすだろうね。特に田畑は、無事では済まないだろう」
「稲はもうすぐ収穫の時期だって、加陽(カヤ)さんが言ってた。それまでは食べ物が少なくて、(あわ)を代用として食べてるみたいなんだけど、正直お腹は膨れないの」
「稲がもし台風の被害を受けて凶作となってしまったら・・・・」

伊代は父の話から連想する。
米はこの時代の主食であり、それが収穫できないとなれば飢餓に陥るだろう。
ただでさえ収穫前の今の時期も食糧不足なのに、これからまた一年米の収穫をまたなければいけないとなると、ムラの人々は耐えられるのか。
米に代わる主食や、野菜や肉があるのかはわからない。
しかしこの状況を一刻も早く然るべき人物に伝え、対策を練る必要があるのではないか。

そこまで考えて、伊代は少し躊躇する。
いつまでこの時代にいるのかわからない、このムラに滞在し続けるのかわからない状況で、どこまで弥生の人々に踏み込んだら良いものだろう。台風の件を然るべき人物に伝えたとして、異国人だと警戒されている伊代の話を聞いてもらえるとは思えない。異国人であり、かつ女の伊代に。

自分の存在価値や居場所が不明瞭で、浮遊しているような状態の自分が、何をすべきかが見えて来ない。
はじまりの城の侍からの依頼を、台風が襲う前に解決してしまえば元の世界に戻れる可能性がある。
しかしその達成方法は未だにわかっていない。
相談しようにも、友二人は牢獄にいて接触することができない。

「何を躊躇する必要があるんだい」
男は娘の心の迷いを読み取り、朗らかに諭す。
「彼らを助けたくないのかい」
「助けたい気持ちはあるけど、どうしたら良いのかわからない。私の話を聞いてくれないと思うし。まずはどうやったらムラの人たちに "日の出”を見せられるのか考えてからじゃないと・・・・」
「伊代は、自分たちが現代に戻れることを最優先にしているようだね。伊代は確かに現代の人間だが、今は弥生を生きる人間なんだよ。伊代のするべきことは全て、弥生ですることだ」

暗雲が立ち込めていた伊代の頭の中に、一筋の光が差し込む。
それと同時に窓から白い光が差し込み、部屋の中を照らしていく。
「もうすぐ日が昇るようだね。今日はここまでだ」
「え、もう?まだ知りたいことがあるの。弥生時代に起こったこととか、奴国のことを調べないと」
「また明日、調べればいいよ。伊代が望めば、いつでもここに戻って来れるから」
「お父さんに、いつでも会える?」
「伊代が望めば、ね」

白い光は部屋全体を照らし、その眩しさが伊代を覚醒させる。
瞼を開くと、葦の天井が目に入る。夢から覚め、弥生時代の竪穴式住居に意識が戻ったようだ。