まただ。またあの夢だ。

目を開けた瞬間、伊代はそう直感した。
ベッドの中で横になっている伊代は、見慣れた自室の天井を見上げる。
昨晩の夢と同じ光景だ。
起き上がりベッドから出ると、昨晩と同じ道のりを進む。
歴史書が多数収納されている、亡き父の書斎へ向かっているのだ。

伊代はなぜ亡き父の夢を見るのか、不思議でならなかった。
伊代の父である歴史学者・桜井 英作は、伊代が四歳の頃に事故で亡くなっている。
幼い頃に遊んでもらった記憶は薄らとあるものの、時の経過とともに思い出は風化し、今では遺影を見なければ父の顔を思い出す事はない。
しかしこの夢の中で父の顔ははっきりと見えないが、確かにその存在は確認できるのだ。
伊代の記憶の片隅に、父親が残っているのかもしれない。

廊下を進み、一番奥の書斎の扉を開ける。
窓から昼の陽光が差し込み、静寂に包まれている。
伊代は真っ直ぐに本棚に進み、桜井 英作の歴史大全第一巻を手に取る。
勿論、弥生時代についての研究が記された章だ。
滞在している奴国(ナコク)について、そして葉李菜(ハリナ)が語っていた邪馬台国と女王卑弥呼についてを知るため、そして今後起こり得ることを把握する為だ。

歴史大全には、こう記されている。
弥生時代の年代は、紀元前10〜8世紀から紀元後3世紀中頃までに当たる。
明確な年代は定められていないが、当時使われていた土器が前後の時代と違う事や、稲作が伝わったことによる水稲農耕を主とした生産経済の時代と定義づけられる。

また、農耕が発達したことにより人々の集まり "ムラ"や"クニ" が形成され、集落間での戦が起こるようになったのもこの時代とされる。クニによって政治の長や王が存在した。
また神道もこの頃から行われていたとされ、各地に巫女が存在し、豊穣の儀式を行ったり、クニの重要な物事を占いによって決めていたとされる。その時に使用していたとされる銅鏡が、全国各地の遺跡から出土している。

クニ間での争いが絶えなかった事から、男性の王ではなく、女性の巫女を王に立てようという動きがあり、邪馬台国では卑弥呼という巫女が女王としてクニを治めた結果、長い間争いが無かったと、魏の書物に記されている。

「これが、魏志倭人伝(ぎしわじんでん)ね」
伊代は自分の知識と、大全の内容を照らし合わせる。
魏志倭人伝とは、中国の歴史書である "三国志" 内の "魏" の国に関する内容の一部に、当時の倭についての記載があり、その部分を通称名としてそう呼んでいる。主に倭人の暮らしぶりやクニの位置、官名等が記されている。

葉李菜から聞いた話では、邪馬台国は倭のいくつかのクニと連合国を築いていると言っており、奴国もその一つだと言っていた。
魏志倭人伝で述べられているのは3世紀頃の日本であるとし、景初2年(238年)に邪馬台国の卑弥呼が魏の皇帝へ謁見を求めて使者を送ったとされていることから、伊代たちがいるのはその年代であると考えられる。