太陽が南中し、少し汗ばむ陽気となってきた。
綺那李達は一応、家の管轄する田園を見て周り、順調に育っていることを確認してからムラへ戻ってきた。
家に戻ると、加陽はどこかへ出掛けているのか、留守だった。
そしてすぐに、兵士が訪ねてきた。
綺那李の父である兵長の阿湯太那の部下だと言う。その兵士は、九真由と名乗った。
「失礼だが、異国の客人達はいらっしゃるか」
「あ、はい。私たちです」
と、歌織は九真由に近づく。
「兵長からの伝言です。本日予定していた罪人の詮議が日延となった由」
「え、それって、延期されたってこと?いつ?」
「日時は決まっておらず、王の裁可を待つと」
「また、王様の気まぐれだ」
と、綺那李は呟く。
奴国王の気まぐれは今に始まった事ではない。
政に関する決議や小さな行事等、王の機嫌次第で簡単に予定が変わる。
王が 『今日ではない』と言えば、臣下は顔色を伺って同意するしかない。
歌織と伊代がこのムラに来た時に見た、主祭殿の大広間での出来事そのままだ。
「どうしよう。太市たち、大丈夫かな」
「彼らに会わせてもらうことは出来ませんか?」
と、歌織は九真由に尋ねる。
「罪人に?それが出来ない事はご存知のはず」
「いや、そもそも罪人なんかじゃないし。太市たちは何も罪を犯していない」
「それを決めるのは、私でもあなたでもありません」
九真由はそれだけ伝え、お辞儀をしてすぐに踵を返した。
「全ては気まぐれ王の意のまま、だからね」
と、綺那李は皮肉る。
「どういう事?王様が約束を守らないことって、よくあるの?」
「寧ろ、守ることの方が少ないな。自分の意のままに出来るのが、王の権力だと勘違いしている」
綺那李の言葉に、囲炉裏の奥で様子を見ていた老婆が大きく笑い声を上げる。
「げ、婆様!いたの?」
「当たり前だ。折角面白くなってきたのだ、見逃すわけにいかないわ。ただこうなると、王の機嫌が戻るまで罪人たちが元気でいるかわからんね。飲まず食わずになるんじゃないのかい」
「え。囚人には食料も水も与えられないの?」
「当たり前さ。ムラのモン達を食べさせていくのにやっとなんだから」
綺那李は、牢獄での父との会話を思い浮かべる。
収監されている囚人は、檻の中から出ることを許されず、兵士に話しかけることも禁じられている。
今朝囚人の顔を見た時は、確かに空腹を我慢しているように見えた。
食べる物、飲む物も与えられていない可能性は十分にある。
「酷い。せめてお水と食べる物をあげないと、二人とも大丈夫かな」
と、伊代の顔が青ざめる。
「牢獄に忍び込むことは出来ないの?」
と歌織は綺那李に尋ねる。
「出来ないことはないよ。何度忍び込んだと思ってるんだ?」
と、綺那李は変に鼻を高くして語る。
「お水と食べ物を、密かに二人に運べないかな?」
「出来るけど、大勢で行くのは無理だ。一人か二人じゃないと」
「じゃあ、私が運ぶ。綺那李さん、案内してほしい」
と、歌織が名乗り出る。
すぐに集められるだけの食料を用意した。
そばの森から木苺や枇杷を摘み、家の粟汁も拝借した。
竹の筒の中に水を汲み、水筒のように持ち運べるようにした。
その後加陽が帰宅し、何食わぬ顔で食卓を囲む。
阿湯太那は不在だったが、兵長が夜の任務に就くことはよくあることだと言う。
そして人々が寝静まった頃、綺那李と歌織は寝床を抜け出し、牢獄へ急いだ。
水筒と食料は、歌織が隠しながら持ち運んだ。
この為に歌織と伊代は、加陽から麻の着物を借りた。
この時代の人々がよく来ている一般的な服装で、現代の服のように悪目立ちしない。
何より、着物の懐に食料を隠して運ぶことができる。

