綺那李は数え十歳で、背丈は歌織の胸元辺りまでと、少し低い。
それでも大股の歩き方や父親を真似た話し方で、少しでも威厳あるように見せたいようだ。
一方、小麻李の背丈がさらに低いのは勿論の事、小股で小走り、話し方も礼儀正しく、言うなれば行儀が良い。
姉妹でありながら、目指す理想の人間像は正反対だ。
「ここが私たちの田だ。見覚えがあるのではないか?」
と、綺那李が指し示した場所は確かに、伊代と歌織は見覚えがあった。
そこは昨日、この世界にやってきた時に降り立った地であり、今朝巫女たちが "祭壇" と呼んでいた小高い丘の麓の田園だった。
「朝、伊代さんと歌織さんと、ここで会ったの」
「知ってるよ、小麻李」
「昨夜はここで寝ていたんでしょ?」
と、小麻李は二人に尋ねる。
「その節は、ごめんなさい・・・・もうこんな神聖な場所で野宿しようとはしないから、安心して」
と、伊代は小さな巫女見習いに弁解する。
「神聖な場所を生活の空間にするなんて・・・・って言うべきだけど、ただの丘だ」
「え?」
「私だって昔は、ここで親の目を盗んで遊んでいた。祈祷や特別な儀式以外では、誰も寄りつかない、動物たちくらいしか行き交うことのない、平凡な丘だ」
綺那李はそう言うと、祭壇と呼ばれる丘を登っていく。
「姉様!」
と、小麻李は姉を制する。
「だめです、また母様や巫女の姐様方に叱られます!」
「小麻李が黙っていれば、叱られないよ。伊代さん、歌織さんも登って。ここからなら田の様子が一望出来るんだ」
伊代は躊躇するも、歌織は "ただの丘" を小走りで駆け上がっていく。
小麻李と伊代は仕方なく、周りに人がいないことを確認して祭壇を登る。
昨日も見た同じ田園風景だが、遠くにちらほらと人の影が見える。稲を世話する人たちの姿だ。
「ここの眺めは、奴国随一の美しい景色だ。特に稲が黄金色に実る、この季節は格別なんだ。ここで空と大地を眺めながら、昼寝をするととても気持ちいいんだ」
「姉様、昼寝なんかしたら流石に言いつけますからね」
と、小麻李の小言が挟まれる。
「好きに言いつければいい。あれは駄目、これは駄目ってもう聞き飽きた。私が私のやりたいようにしてはいけないクニなんて、とてもつまらない。神様は皆が崇め奉らないといけない、女子は巫女として神に仕えるか、婚姻を交わして家庭を作らないといけないのか。男子のように体を張ってクニを敵から守るような仕事をしてはいけないのか。理由がわからない。誰もわからないで生きているんだ」
綺那李は真っ直ぐな瞳で、山々の向こうを見つめる。
その姿は、現代の自分とどこか似ている、と伊代は感じた。
伊代も大学院の直属の教授から、女性の職業についての狭い見解を聞いた。
男女の職業の平等を訴えている社会であっても、格差が無くなることはなく、人々の心の中にこびりついている。
一部の人間だけが心に秘めているだけで、社会が変革することはないのだと悟っていた。

