「京平、今頃どうしてるかな?」
と、呟く歌織。
ちょうどその彼のことを思い浮かべていた伊代。
「そうだね。元気にしてるかな」
「一年前のこの時期にもさ、京平と四人でこの店に来たよね」
と、店内を見渡し思い出に耽る歌織。「今どこにいるんだろうね。南アフリカって言ってたよね」
「ね。大自然の中で、伸び伸びやってそうじゃない?」
歌織と伊代は、地球の反対側にいるはずの友人に思いを馳せる。

しかし京平と一番仲の良かったはずの太市は、二人の話に乗り気でない。
「太市、どうかした?」
と、太市の異変に気づく伊代。
「いや・・・・言い出しにくいんだけど、実は今、もう帰ってきてるって」
「日本に?」
と、前のめりになる歌織。「え、いつ?」
「一ヶ月くらい前、だったか」
「知らなかった。帰国してるんだったら、私たちにも連絡くれればいいのに」
「あんまり、知り合いと連絡取ってないらしい」
「どうして?」

「いや・・・・実は京平、帰国してからほとんど引きこもり状態で、大学にも行ってないらしい。
 向こうで何かあったんだと思うんだけどさ、二人には言わないで欲しいって言われてて、伝えられなかった。
 ごめん」
と、頭を下げる太市。
「そうだったんだ。心配だね、京平」
と、伊代は歌織に同意を求める。

しかし歌織は、何故か憤りを感じているようで、ビールを一気に飲み干す。
「おかしいと思ってたんだ。ここ数ヶ月、連絡取れなかったし」
と、歌織は不満気に言う。
「たしかに、初めの頃はよく写真送ってくれたよね。野生のシマウマとか」
と、記憶を遡る伊代。
「たぶん、精神的に辛いんだと思うわ。あんなに仲良かった二人にも、何も言ってないくらいだから」
と、擁護する太市。
「精神的に辛いって?」
と、食い気味に言う歌織。
「何があったか、太市は知ってるの?」
「いや、俺も何も聞いてないって言うか。何を聞いても話してくれない状態で」

歌織はしばし沈黙する。
たしか、あの時・・・・と、歌織は回想する。
一ヶ月ほど前だったか、夜に路上ライブを行った時のこと。
ちらほらと足を止めて聞いてくれる人々がいる中で、遠目からこちらを見ている人物がいた。
フードを深く被っており顔まではわからなかったが、背格好が京平に似ていると感じた。
その時はまだ、京平は留学中だと信じていた為、見間違いだろうと思った。
そして数分もしないうちに、その人物は立ち去った。

もしその人物が、帰国したばかりの京平だったとしたら。
遠目であったが、どこか疲れて寂し気な姿に見えた。
歌織は、急に不安が募り始めた。
「ちょっと、京平ん家、行ってくる」
と、突然歌織は立ち上がる。
「え?今から?」
と、目を丸くする伊代。
「やめた方がいいって。京平、今誰とも会わないようにしてるよ」
と、歌織を制する太市。

しかし歌織は聞く耳を持たず、大荷物を抱えて店を飛び出して行った。