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目が覚めると、見慣れた自室の天井が目に入った。
先程まで叢で寝ていたはずの伊代だったが、ここは伊代の部屋の中である。
かつ、大学院近くに借りているアパートではなく、住み慣れた実家の自室だった。
どういった経緯で実家に帰ってきたのか、伊代は全く記憶にない。
もしや、今まで見てきた不可思議な世界は、夢の中だけの世界だったのかもしれない。そう思うと、伊代は容易に納得した。
窓の外はまだ未明、夜間の住宅街のためとても静かである。
再び目を閉じてはみたが寝付けず、頭も冴え切っているため、起き上がって自室の外に出た。
大学入学と同時に実家を出ているものの、数年とは思えない程長い時間、実家から離れていたように感じた。
帰省をしたというよりも、伊代の思い出の中の実家を見ているような、不思議な心地だった。
廊下を出て一番奥には、父親の書斎があった。
父は歴史学を探究する大学教授であり、自身の寝室とは別に研究用の書斎を設けていた。
幼い頃、伊代はよく父の書斎を出入りして勝手に書籍を読み漁っていた。
書斎に入ると、染みついた書籍と本棚の木の匂いが香る。
六畳程度の部屋の壁には、歴史書がぎっしりと敷き詰められている。
窓際の机は、何年も使われていないかの様に整頓されている。
伊代はこの部屋の書籍の粗方を読破しており、中には何度も読み返してページ数を暗記しているものもある。
伊代は懐かしさに、いくつか手に取って開く。
そういえば。
伊代は夢の中で見た、あの時代について調べてみる事にした。
恐らく日本であることは間違いないが、見渡す限り田んぼに埋め尽くされ、ようやく出会った女性と子供の格好は、麻のような材質の質素な服装だった。
考えられるとすれば、彼らは稲作を行う農民の身分であるのだろう。
江戸時代よりも以前であれば、いくらでも考えられるだろうが。
ふと、伊代はとある歴史大全に目を留める。それは十数巻にも連なる立派な書籍であり、分厚いハードカバーで頑丈に守られているようだった。背表紙の下部には、『桜井 英作』の文字。伊代の父であり、博士号を取得し大学教授も勤めていた程の、日本史の著名な研究者である。
その歴史大全は、謂わば伊代の父が生涯をかけて編成した、研究の集大成とも言えるものだ。伊代はこの本も読んだことがあるが、学生にしては難しい用語が並び、全てを理解する事は困難だった。大学院で学び、日本史を深く習得した頃に読み返そうと考えていた書籍である。
第一巻は、旧石器時代から弥生時代についての研究がまとめられている。ハードカバーの表紙には、夢の中で見た美しい黄金色の田園風景が広がっている。まるで、伊代が見た風景をそのまま絵にしたように類似していた。
やはり、あの夢は古代の日本だったのだろうか。
伊代はさらに真相に迫ろうと、書籍の一頁を捲ろうとする。
「駄目だよ」
懐かしい声がして、伊代は咄嗟に振り返る。
部屋の入り口に背の高い男性が立っている。こちらを見ているはずだが、顔はよく見えない。部屋の灯りが暗いからか、伊代の視界が霞んでいる様に見える。
伊代は不意に、その聞き覚えのある声の主を読んでみる。
「・・・・お父さん?」
「伊代にはまだ早いよ。その本は」
「なんで、いるの?お父さんは昔・・・・!」

