その夜直ぐ様、臨時の招集が行われた。
祭礼や政治を執り仕切る “大人” と呼ばれる男たちは、女王の住む館の目と鼻の先に住居を構えている。こういった突然の呼び出しは、今上の女王が即位してから習慣化している。
女王は政治に積極的だとする一方で、臣下に休みも与えない厳格で無慈悲な君主だと陰で話す者もいる。大抵は、今上の女王が即位する前の時代を知る、老いぼれに限られる。
「また、外交か」
乙彦から女王の命令が伝えられると、多くの大人たちは大きな溜め息を吐いた。現代で言うところの、会社から翌日出張の命令を出された平社員の気持ちといったところだろう。
「それにしても、卑弥呼様は何故また、奴国なんかに?」
「ここ最近、立て続けに他国訪問の命が下されている」
「ずっと家を留守にしていて、体を休める時間もない」
「それに、日の沈んだ後に占いをされる等、何か不吉だ」
臣下たちは、近年の地方訪問に疲れを感じ始めていた。戦争遠征は無いものの、他国との親睦を深めるための交流や、女王からの御言伝の為に、倭国中を歩き回っていた。
加えて、邪馬台国における稲作や狩猟技術の他国への伝承事業は、幾千の民と時間を費やし、邪馬台国側における負担は膨大だった。
「今しばらく辛抱して欲しい。全ては倭国に安寧をもたらす為、卑弥呼様が心を尽くされているのだ」
と、乙彦は臣下の不満を鎮めようとする。
「この度の奴国訪問の訳は、伺っておいででしょうか」
と前向きな声で尋ねるのは、外交を主に担当する大人である、難斗米だった。
「女王はこう仰せであった。我々の大切な客人が奴国におり、お連れし、丁重に持て成すように、と」
と、乙彦は命令を忠実に述べた。
「客人とは、どのような方であろうか」
「もしや、彼の大陸の使者か?」
「大陸の使者が渡来するというような報せは、全く受けておりませぬ」
と、外交の長である難斗米は告げた。
「どのような客人であるかは、私も聞いておらぬ。何も申されぬということは、奴国へ行けばわかるということだろう。難斗米、其方に奴国へ出向いて貰いたい」
「はっ」
と、乙彦からの命令に即座に応える、難斗米。
「必要であれば、人員は幾らでも連れて行って構わない」
乙彦のその言葉に、周りの臣下達は何も言わずとも、このような状況でさらに働き手を取られては、と密かに悪い汗を掻く。
その気配を察したように、難斗米はすかさず述べる。
「お心遣い、感謝申し上げます。しかしこの度は、長年外交に助力した都市牛利を次使として、数名程度の派遣でよろしいかと存じます」
難斗米の後ろに控えていた都心牛利は、不意を突かれ、息を吸う音が「ヒュッ」と出る。
「ほう。女王の客人を出迎えるのに、数名でよいと申すのか」
「このところの諸国への派遣、技術継承等で、多くの民が出払っております。そこでさらに働き手を失えば、国内の政が滞り、また外国につけ入る隙も与えましょう」
難斗米の話す “外国” とは、邪馬台国と未だ和平を取り交わしていない一部の国を指す。特に、邪馬台国の南に位置する狗奴国とは、長年争いを繰り広げていた。互いに豊富な領地と豊穣な田を持ち、倭国の中でも大国に位置しているため、覇権を巡って戦を仕掛けてくるのだった。
「たしかに難斗米の申す通りだ。ここは其方に万事任せよう」
難斗米は深々と頭を下げ、翌朝の出立に向けて準備を始めた。都心牛利もそれに続く。

