東京を知らない。それでは間違いなく、現代の人間ではないだろう。東京が存在する日本であれば、東京を知らない日本人がいるはずがない。
"東京” という呼び名が生まれる前の時代だと確信できるが、それでは江戸か。京平の知識では、日本の過去の地名に関する引き出しが少なく、話を広げることが難しい。
「じゃあ、京都は?」
と、太市も口を挟む。
「さっきから何の話をしてる?私はクニの名前を訊いているんだ」
「日本だけど」
「ニホンなんか知らない。だから、クニの名前だって!なんとか国とか、あるだろ!」
小さな子供兵士は、話の通じない異邦人の為に癇癪を起こす手前まで来ている。
しかし、知識の乏しい二人にはこれが限界だった。京平は高校生で日本史を勉強しているが、大学に入ってからその知識をかなり飛ばしてしまっている。
太市はもっと悪く、そもそも日本史の授業を真面目に受けていた記憶がないのだ。
これでは、二人でこの世界に関する情報を集めるのは難しいだろう。せめて日本史専攻の現役大学院生がいれば、話は変わってくるのだろうが。
「京平、どうしよっか。伊代をここに連れてくる?」
「馬鹿、危ねぇだろ」
「そうだけどさ、俺たちじゃこれ以上は話ムリだよ」
「何をコソコソ話している?さては、大陸の人間だな!父さまの兵に報告して、捕えさせるぞ」
小さな女兵士は、周囲に響き渡るような大音量で騒ぎ立てる。
その声を聞きつけて、柵の内側から大人たちが集まってきた。慌てて退散を試みる二人だが、時は既に遅く、砦の外側から兵士たちが二人を取り囲み、槍を突きつけた。二人はなす術なく、大人しく従うしかなかった。