タイムトリッパーズ〜いつの時代も必ず君に逢いにいく〜 第一章 YAYOI〜日出づる國の女王〜







「伊代!こっち!」
居酒屋の賑わいの中から、一際通る声で名前を呼ばれる。
太市の声だ。
伊代は懐かしい姿を見つけて駆け寄ると、太市の隣にはさらに懐かしい顔があった。

「歌織!久しぶり、一緒に来てたんだ?」
「そう、たまたま会ったんだよね」
と、蜂谷 歌織は微笑んだ。
久々の再会に高揚し、伊代と奏は抱擁を交わす。

「いいな〜、俺も再会のハグしたい!」
「いや、シラフだとちょっと・・・・」
「おい!」
と、一年前と変わらないやり取りが繰り広げられる。
気楽に話せる仲間がいるこの和やかな空気に、悩みはみるみる滲んでいく。
その事がとても幸せだと、伊代は感じた。

お酒と料理を注文し、三人分のビールが運ばれてくる。
一年ぶりの乾杯をし、再会を味わった。

「さっき、駅前で歌織と会ったんだけどさ」
と、枝豆を手に話し始める太市。
「歌織、路上ライブやってたんだよ」
「路上ライブ?すごいね」
「よくやってるってSNSで流れてたけど、実際やってるところ見て、感動したわ」
「私もSNSよく見てるよ」
「ありがとう」
と、歌織は照れる。

歌織は現在も、歌手になるため路上ライブやSNS配信を定期的に行っていた。
太市と伊代は、歌織のSNSをフォローしているため、逐一動向を知っていた。

「でもさ、ちょっと最近伸び悩んでるんだよね」
「そうなんだ」
と、伊代。

「うん。路上ライブもさ、はじめは結構足を止めてくれる人もいたんだけど、最近は多くても一日に十人くらいなんだよね、立ち止まってくれる人」
「十人でもすごくない?」
「もちろんね。聴いてくれることがすごくありがたいんだけど、同じこと続けてても、何も変わらないしなって思って。今日も雨降ってたし、みんな私の前を素通りしてったんだ。そんな時に太市とたまたま会って、そのまま切り上げてきちゃった」
「え、太市!ちゃんとお客さんになってあげなよ」
「いや、聴いたよ、聴いた!一人でめっちゃ盛り上げてたわ」
「うん、逆に他の人の邪魔になってたかもね」
「ええ!マジか」
と、三人は笑い合う。

確かに歌織の後ろには、たくさんの荷物が積まれていた。
ライブ用の機材なのだろう。
この量をいつも背負って走り回っていると思うと、教材の重さだけで疲れたと感じている伊代は、少し恥ずかしさを覚えた。

「歌織はいつも、駅前で歌ってるの?」
と、伊代。
「うん、だいたいは、駅前かな」
「場所を変えてみるのはどう?同じ場所で歌ってたら通りかかる人も同じだと思うし、違う場所なら、新鮮だと思って足を止めてくれる人もいるかもよ」
「まあ、たしかにね」
と歌織は返すも、反応は薄い。
もしかしたらあまり良い助言になっていなかったかも、と伊代は不安になる。

「それよりもさ、私は二人のことが気になってるんだけど」
と、歌織は話題を変える。
「太市はさ、どんな感じ?」
「どんな感じって?」
「だって、私たちの中で唯一の就職組だったじゃん」

太市は一流企業に勤めて、もうすぐ一年が経つ。
まだ学生を謳歌している伊代や、フリーターの歌織にはない経験をしているのだろう。
たしか太市は、住宅系の企業に就職したんだっけ、と伊代は記憶を思い起こした。
本人から詳しく聞いたはずだが、はっきりとは思い出せない。

「会社は、ヤバいよ」
「ヤバいって、具体的にどうヤバいの?」
と、ノリノリの歌織。
「もう、ブラックよ」
「ブラックか、ヤバいね。たしか太市、森林ハウスの営業だったよね?」
と、歌織が太市の就職先を思い出させてくれた。

「そうそう。まあ、ハウスメーカーなんてこんなもんだろうなぁとは思ってたけど、ずっと会社の中にいると感覚がバグってくるんだよね。長時間働いてるはずなのに、まだまだこんなもんかって、変なアドレナリンが出んの」
「それ、大丈夫?めっちゃ疲れてるんじゃない?」
「疲れてる、かもね。とりあえず今、長期休暇もらって実家に帰ってきてるんだ」

太市が実家に帰ってきていることは、メッセージのやり取りで伊代も知っていた。
二人とも苦労しながら頑張っているんだ、と伊代には親近感が湧いた。