太市の行動力と、仲間を思い一つにまとめる協調性は、学生時代も幾度となく発揮されていた。性格も趣味嗜好も正反対な四人が、在学中の四年間、行動を共にしていたのは、彼の技量の賜物だったことを否定する人はいない。
「すごいよね、太市は。あれで嫌味一つ言わないんだから、頼りたくなっちゃうよね」
と、歌織は呟いた。
伊代も同意する。しかし、いつもあのように気を配ってばかりでは、気疲れも出てくるだろう。彼が不満を口にしたり、鬱憤を発散するような姿を見たことが無いからこそ、心配するべきは彼自身ではないだろうか。と、伊代は感じていた。しかし感じているばかりで、なかなか行動に移せない伊代は、心の中で自身を臆病者だと罵った。
「にしても、すんごい田舎だね」
歌織は、目の前に広がる田園風景を眺める。
「一面田んぼ。どこを見ても、田んぼ。こんなところ、今まで来たことある?」
「無いかな。実家も東京の住宅街の中だったし」
「そうだよね。田舎のおばあちゃん家に似てる、とかだったらさ、手がかりが掴めたかも知れないけどね」
歌織は試しに、スマートフォンを取り出して画面を確認する。相変わらず電波は通っていない。それどころか、充電残量が尽きようとしていた。
「ヤバい、どこかで充電出来ないかな」
「バッテリー持ってないの?」
「路上ライブで動画撮っててさ、スマホの電源入れっ放しで、バッテリーも使い切っちゃったんだよね」
「お店とかあったらいいね。まあ、あっても圏外だから意味ないかもしれないけど」
「確かに」
と、二人は呑気に会話をしている。
二人が現在いる世界において、スマホもバッテリーも何の意味も成さない。その事に気付くのは、もう少し先の話になるのだが。
ふと、歌織は視線の先に動く影を発見する。
田んぼの中を、小さな黒い影が右へ左へ動いている。
「ねえ、あれ、人かな?」
「え、嘘!」
と、伊代も目を凝らす。
「身長的に、子供かも」
「第一村人じゃん!話を聞いてみようよ」
二人は丘を足早に下り、子供の影が見えた方向へ向かう。
近づくと、甲高い笑い声が聞こえてくる。小さな子供の影と、すぐ近くに母親と思われる女性の姿を捉えた。女性は赤ん坊を背負いながら、走り回る子供の様子を見ている。
普通の母子に見えるが、どこか異変を感じる。母親の服は麻色の質素なワンピースのようなもので、髪も整えず大雑把に伸ばしたまま。あまり見かけない格好だが、田舎だとこんな服装もあり得るのだろうか、と二人は特段気に留めなかった。
「悪い人じゃなさそうだし、道を聞いてみようよ」
歌織は足を早め、母親に近づく。
声をかけようとしたその時、母親は二人の登場に驚き、恐れるような顔をする。子供を抱え、一目散に反対側へ駆け出した。
「あ、あれ?・・・・すみません!お話、聞いてもらえませんか?」
母親は耳も貸さず、どんどん距離を離し、姿が見えなくなってしまった。
「どうしたんだろう。不審者に思われちゃった?」
「歌織が不審者?そんなわけないよ」
母子の行方を追うのは憚られるため、二人は仕方なく、先ほどの丘の上へ戻る。
偵察に出ている京平や太市が戻るまで、わかりやすいように丘の上で待つことにした。