暗闇。
もはや自分が瞼を閉じているのか、開いているのか、わからなくなるほどの闇。
寒さや暑さも感じず、触覚が疎くなっているように思える。
足元に地面のような感触はあるが、体の中の臓器が少し浮いているような、気持ちの悪い心地がする。

「ここ、どこ?」
暗闇の中で、伊代は心細く呟いた。
声を出しているつもりなのに、声は吸収され、遠くまで響いていない。
「歌織!太市!京平!どこ?」
「・・・・伊代?」
小さく、返事が聞こえてくる。
「歌織!歌織だよね?」
伊代は辺りを懸命に見渡すが、姿はどこにも見当たらない。
声がする方を見ようにも、音の方向感覚が麻痺しており、前後左右の何処から声がしているのかがわからない。
「伊代、どこにいるの?」
「ここだよ!ここにいるよ」
「・・・・暗くて、よくわからない」
どうやら、歌織も同じ状況にあるらしい。
伊代は試しに、辺りを彷徨いてみる。

「歌織、どこ?」
「伊代!伊代か?」
続いて、太市の声が耳に入る。
太市は相変わらずよく通る大きな声だが、やはりどの方向から聞こえてくるのかわからない。
「太市!聞こえてるよ」
「どこにいる?」
「ここだよ!ここ」
確実に声は聞こえているのに、太市の居場所も、歌織がどうしているのかすらも、わからない。
一緒にいるはずなのに、とてつもない孤独感に襲われる。
辺りをしばらく彷徨うも、先の見えない虚無感に、伊代はその場で蹲ってしまう。

「伊代!まわりをよく見渡して。何か見えないか?」
太市の一声。伊代は目を凝らして、辺りをよく見渡す。
すると背後に、一筋の光を見つける。
夜の海に浮かび上がる、岬の灯台のような光だ。
その光は動かず、道をさし示しているかのように佇んでいる。
「あの光を目指して歩くんだ。一緒に歩けば、必ず再会はずだ」
「わ、わかった」
「近くに歌織たちはいるか?」
「聞こえてるよ、太市!」
と、頼もしい歌織の声がする。
「京平もいるか?いたら聞いてくれ!向こうに見える光に向かって進むんだ!」
京平からの返事はない。
しかし伊代は、彼を信じて歩き出す。