男子小学生のモテる理由など至極明確で単純なものだ。
 足が速い、もしくは頭が良い、だ。
 そしてそれは高校生になっても大きくは変わらない。

 全部で八クラスある二年生の勢力は文系の一組から四組、理系の五組から八組で綺麗に二分化していた。それは文系で足が速い近衛柊か、理系で頭が良い八重島咲良か、だ。
 文理で綺麗に二つの派閥に分かれていたお陰もあり、体育祭の紅白決めはとてもスムーズだった。柊を中心とするチームが白、咲良を中心とするチームが赤だ。
 プログラム最後の紅白リレー。ここまでほぼ互角の戦いを繰り広げていた両チームの熱気は最高潮に達していた。
 白組のアンカーは柊。彼に最後のバトンが引き継がれる前に、白組と紅組の差は既に十メートル近く離れていた。周囲を取り囲む白組のチームメイトたちが大きく声を張り上げて柊のことを応援している。
 「クソっ……!」
 学年で一番足の速い柊でもさすがにこのハンデには参っていた。
 前の走者が近づいてきたタイミングで柊は背後を見ながら走り出す。そしてバトンパスが上手くいくと同時に柊は全速力で走りだした。
 『白組のアンカー、近衛柊にバトンが渡りました!』
 放送が聞こえた。
 『二年生最速の男、近衛柊! 紅組との差は約十メートル! この差をどこまで縮められるか!』
 スピーカーを通して聞こえてくる澄んだ声に柊は聞き覚えがあった。
 三歳の時からの幼馴染。普段は真隣から聞いているその声の発声は明瞭で聞き取りやすく、耳障りがとても良い。
 『泣いても笑ってもこの走りで勝敗が決まります!』
 体育祭の実況に原稿はないと聞いている。だから今の彼は完全にアドリブでその言葉を発しているのだ。よく咄嗟にそんな言葉が出てくるな、と柊は走りながらも咲良のことを感心していた。
 紅組の彼はとても頭が良い。だから柊よりもはるかに多くの言葉と表現を知っていて、きっとどんな状況でも的確な言葉を出すことが出来るのだろう。
 『アンカーはグラウンドを二周走ります』
 と咲良が言った。
 紅組との差は縮まりつつ、アンカーの二人は二周目に突入していく。
 そして柊は咲良の座る放送席の目の前で紅組を抜かしてやった。
 『白組が一位に躍り出た!』
 酷く興奮した声を咲良が出す。追い抜きざまにちらりと放送席に目をやると彼は身を乗り出し、マイクをスタンドごと握りしめてこちらを必死になって見つめていた。
 彼は本来ならば敵チームではあるが、放送席に座っている時に敵味方はなく平等だ。
 柊の走りに期待するその視線が心地よい。
 柊は疲れを微塵も見せず、二ッと笑うとますますスピードを上げた。
 スピーカーからは柊の走りを称賛する咲良の声が聞こえる。続いて後続の紅組を鼓舞する台詞が聞こえる。それと周囲の生徒たちの大きな歓声。
 「放送の咲良先輩、ほんといい声だよね!」
 そしてそれらに混じって咲良の実況の上手さを褒め称える声までも柊にははっきりと聞こえていた。
 咲良が褒められると柊も嬉しい。
 ゴールテープが眼前に見え、柊はラストスパートをかける。背後の紅組との差は大きく開き、足音も聞こえなくなっていた。
 そして柊がゴールを果たす。ゴールテープを切ると同時にゴールのピストルが鳴り、直後周囲は大きく湧いた。周囲に待機していたチームメイトたちが一斉に柊に駆け寄り、柊をもみくちゃにする。
 『一位、白組! 紅組と大きく差を付けてゴールです!』
 柊が放送席に目をやると咲良はゴールした柊のことなど既に見ておらず、後ろを走る紅組アンカーに夢中になっていた。柊を見ていない目に柊の胸に靄ががかる。
 『そして今、紅組もゴール! 最後まで白熱とした戦いでした。両チーム選手に盛大な拍手をお願いします!』
 咲良の声に合わせてグラウンド中に大きな拍手が鳴り響いた。
 紅組がゴールし、ようやくまた咲良の視線が柊に向く。
 咲良と目が合った柊は白い歯を見せてにっこりと笑うとピースして見せた。そんな柊の姿に咲良も笑い、控えめにピースを返す。
 『白組、歓喜のピースサインです!』
 そのアナウンスに皆の視線が一斉に柊に向いた。そのことに柊は頬を染めて照れると皆が笑った。
 彼の照れ笑いを見て放送席に座る咲良も一層笑みを深める。
 柊の笑顔が眩しい。
 全速力で走る彼はとても格好良い。汗をかきながらも楽しそうに颯爽と走る様は運動音痴の自分には決してまねできない。咲良は柊が走る姿を見るのが昔から大好きだった。
 「咲良先輩、お疲れ様でした。次、放送変わります」
 「あ、うん。よろしくね」
 咲良の放送の仕事もここで終わりだ。残る閉会式の放送は一年の担当だ。
 咲良は放送席を彼女に譲ると閉会式に出るためにグラウンドに出る。そこには未だリレーの興奮から冷めやらぬ生徒たちが柊を取り囲んでいた。
 「咲良!」
 その中心にいた柊がいち早く咲良に気付いて咲良の元へと駆け寄ってくる。柊の首元には彼を慕う女子たちが掛けたタオルが何枚も掛けられていた。せっかくくれたのだからと無下にはせず全部のタオルを掛けたままにする柊の優しさに咲良は小さくため息をつく。
 「柊、リレーお疲れ様」
 「咲良も放送お疲れ。咲良は相変わらずよく口が回るな。アナウンサーみたいだった」
 以前も聞いたことのある言葉に咲良は笑みを浮かべる。
 「柊は本当に足が速いね。柊の走りを見るとなんだかすごくスッキリした気持ちになるんだ。俺、柊が走ってるのを見るのが好きだよ」
 柊も咲良が言うその言葉を聞いたことがある。

 それは小学校最後の運動会の時だ。今日と同じくプログラム最後の紅白リレーで柊はアンカーを走り、咲良は放送係としてそれを実況していた。
 当時から柊は足が速く、体育の授業ではいつも張り切っていた。一方の咲良もテストの点数はいつも満点だった。クラスメイト達がそれを見て、すごーい! ともてはやす様子を二人はお互いに何度も見てきていた。
 それが特に顕著に可視化されたのが小学六年生の時の運動会だった。
 足の速い柊はぶっちぎりで一位をもぎ取り、クラス内だけでなく学校中にその足の速さを見せつけた。そして咲良も小学生らしからぬ語彙力と迫真の実況で保護者達までも圧倒していた。
 彼らを称賛するのは最早クラスメイトだけに留まらず、学校中が称賛していた。
 皆に褒められるお互いを見て二人は幼馴染の彼がいかに凄いかを思い知った。

 「咲良、アナウンサーみたいだった!」
 「柊はいつか陸上の選手になるの?」

 お互いのその言葉に二人の未来は決まった。
 それと同時にお互いの周囲を取り囲み、熱い眼差しを向けて媚びる女の子たちにお互いの胸がチクンと痛む。
 足が速い柊と頭の良い咲良。
 小学生男子のモテる条件は足が速いか頭が良いか、だ。その条件に乗っ取って二人はよくモテた。
 可愛らしい便箋のラブレターが机の中に入っていた。休み時間の度に女子たちが机の周りに集まった。放課後の遊ぶ予定が二週間先まで埋まった。
 幼馴染の凄さが周囲に知れ渡るのは誇らしい。それと同時にそれぞれが別の取り巻きに囲まれ、近づきづらくなってしまったことを二人は寂しく思った。

 皆が好きになる人のことを、幼馴染の自分が好きにならないわけがない。





 揃いのネイビーのブレザー。咲良はネクタイを締めているが柊の首元にそれはない。ブレザーの中にきちんと白シャツと指定ベストを着ている咲良とは違い、柊は首元を緩めたシャツと指定外のパーカーを中に着ていた。
 「柊」
 「咲良」
 スポーツバッグを抱えた柊の隣に遅れて来た咲良が並ぶ。
 「今日早くねぇ?」
 「今日は俺が放送当番だから」
 「そっか」
 朝のショートホームルーム前にある放送は放送部員によって行われており、部員内で毎週当番が決まっている。今週は咲良がその当番らしい。その放送を聞くために柊は何が何でも陸上部の朝練を早く終わらせて教室に入らなくてはならなくなった。
 「頑張れよ」
 「柊も朝練頑張ってね」
 咲良のサラサラの黒髪の頭頂部を優しく小突いてやると咲良はにっこりと笑った。
 「あ、ちょっと柊にお願いしたいことがあって……後で話しに行くね」
 「おー、待ってる」
 柊の返事に咲良が頷いたのを見てから柊は咲良に背を向けると校舎脇にある陸上部部室へと向かう。咲良は柊の背に手をフリフリと振ると自分も放送室へと向かっていった。

 きっかけの小学校の運動会から一方は皆に走りを褒められて。好きな人に走る姿が好きだと言われてからより一層走りに夢中になった。一方は皆に放送を褒められて。好きな人にアナウンサーみたいだと言われてから自分の声が一層好きになった。
 最寄りの中学の陸上部は弱小校で、そして放送部もなかったためお互いに力を温存して三年間を過ごしていた。しかし高校は運よく近くの高校が陸上部、放送部共に全国大会出場経験のある強豪校だった。
 高校に入学してから二人はそれぞれの夢に向かってめきめきと力を付けている。

 「柊、おはよう~!」
 「おはよう、柊! 今日も早いね!」
 背後から両側から腕を絡めてきたのは陸上部のマネージャーたちだ。
 「おはよー」
 適当に挨拶を交わしつつ、絡められた腕をさりげなく解く。
 迷惑なことに、高校生になっても足が速いとモテるらしい。
 はあ、と柊は大きなため息をつくと自身の寝ぐせの少し残る茶色の髪をガシガシと掻いた。

 後で話しに行く、と言っていた咲良を休み時間の度に待っていた柊だったが咲良は一向に現れなかった。業を煮やした柊は昼休みに自ら咲良のいる八組へと向かうことにした。
 柊の一組から咲良の八組まではちょうど校舎を端から端まで歩くことになる。その間に柊は何人もの女子に声を掛けられ足止めを食らいながらもなんとか八組へと辿りついた。
 八組の前まで行くと廊下側の大きな窓から教室内にいる咲良の姿が見えた。咲良はクラスメイトたちに囲まれ、その輪の真ん中で教科書とノートを開いて何やら説明をしているようだった。
 柊が声を掛ける前に柊の存在に気付いた咲良は周囲に断りを入れると席を立つ。
 「柊! わざわざごめん。俺から行くって言ったのに」
 「いや、俺も暇してたし。むしろ今席外して大丈夫か?」
 「うん。明日数学の小テストがあるから勉強教えて、って捕まっちゃって」
 ふーん、と柊は咲良の背後に目をやる。咲良の席に集まっていたのは女子生徒が大多数で単にテスト勉強のためだけに集まっていたようには到底見えない。
 頭が良い咲良はやっぱり高校でもモテる。
 「で?」
 それで、と柊が咲良に話を促す。
 「お願いって何?」
 「あ、うん」
 咲良は柊に一枚のプリントを見せる。そこには来年夏にある放送部の大会について書かれていた。
 「来年の夏の大会で柊を題材にしたいんだ。それで、十二月の駅伝大会に向けての練習と大会当日を取材させてほしい」
 「取材って言われても俺は大それたことはしないけど……。てか来年の夏ってまだまだ時間あるだろ」
 柊の言葉に咲良が首を横に振って見せる。
 「陸上部は十二月の駅伝大会で引退だから柊が引退するまでまだ一年あるんだろうけど、うちの部は来年の夏で終わりなんだ。その大会の予選もゴールデンウィーク明けにはある。ネタ探し、取材するには早めに行動して損はない」
 だからお願い、と言って咲良がパンッと子気味良く音を鳴らして手を合わせる。周囲の注目が集まる中、柊は咲良のお願いを断る理由もない。
 「……いいけど、本当に面白いことも何もないからな」
 「うん……!」
 「……そう上手くいくかはわかんねーし」
 「優勝する気で行こう!」
 「当たり前だろが!」
 パシッ、と柊の大きな手のひらが咲良の背中を叩く。そのあまりの勢いに咲良は思わず吹き出して笑った。
 「あはは。柊、よろしくお願いします」
 咲良が深々と頭を下げたので柊もつられて頭を下げる。
 頭を上げた咲良は楽しそうに微笑んでいた。

 それから咲良は柊の練習に付きっ切りだ。朝練はもちろん、放課後も放送部内のミーティングと発声練習を終えると陸上部のいるグラウンドに顔を出し、カメラとメモ帳を片手にじっと柊を取材していた。
 休みの日に自主練習をすると言えば嬉々として自転車に乗って現れ、柊の隣を並走する。柊にストップウォッチを手渡され、タイムを測れと言われれば練習を手伝わせてもらえることに咲良は酷く喜んだ。
 「柊、お疲れ様」
 そう言って洗濯したてのふわふわのタオルを肩に掛け、スポーツドリンクを手渡す様は最早専属マネージャーだ。陸上部のマネージャーたちが二人の間に入り込む隙もない。
 「一週間前よりもタイム良くなってるよ」
 「ありがと」
 咲良から受け取ったスポーツドリンクを一気に飲み干すとタオルで濡れた口元を拭う。
 「俺、いい題材にはなれそう?」
 「今のところはいい感じだけど、やっぱり大事なのはラストだよね」
 「容赦ないプレッシャーだな」
 演技めいて大きく肩を落とす柊を咲良が笑う。
 柊は咲良の手元のメモ帳を覗き込んだ。
 「大会のアナウンスの原稿? 全部自分で書いてそれを読むんだっけ?」
 「うん。一分十秒から一分三十秒以内」
 「時間決まってんのか。てか、その時間内に読み切れるものを自分で書くってこと?」
 「うん。今までやってきてだいたい何文字、何枚分読めばどれくらい時間がかかるかはわかってるから」
 「うわ、俺にはできねー」
 さすがだな、と柊は言葉を漏らす。
 「頭が良くないとできねーよ」
 「柊も足が速くないとできないことしてるじゃん」
 「でも大会では俺よりも早い奴もいるんだよなー」
 「俺も俺よりももっと上手い人はたくさんいるよ」
 「そんなこと」
 「そんなこと」
 ない、とお互いの擁護が重なり二人は顔を見合わせて笑った。





 十二月になりいよいよ駅伝大会当日を迎えた。柊は最終七区。咲良は七区スタート地点からゴールまでの中間地点の沿道で柊を待つ。
 高校駅伝に関してはあまり詳しくない咲良だったが、柊を取材している間にだいぶ知識はついた。沿道に立っている今はベテランの観客たちと大会関係者たちが周囲で話す内容を聞くことで現状を理解することができた。
 チームは今五位で最終七区に入ったところらしい。
 しばらくして一位が目の前を走り抜けていき、それに合わせてまるでウェーブのように声援が響く。
 「近衛先輩頑張れ!」
 次に聞こえた声援は聞き覚えのある名前だ。両手を口元に添えて陸上部員が声を張り上げていた。それに続いて周囲が一斉に声を上げる。
 咲良が身を乗り出して皆の視線の先を見るとそこにはこちらに向かって走ってくる柊の姿が見えた。二位の選手とはほぼ横並びの状態で二位の座を争っている。
 七区に入ったところでは五位だと聞いていたが今は三位だ。柊は既に二番も順位を上げており、更に今咲良の目の前で二位になろうとしていた。その足取りは普段の練習以上に軽く、表情もまだ余裕を感じる。一方で二位の選手は隣に並ぶ柊の姿をちらりと見ると既に息を荒げ、余裕のないように見えた。
 「近衛先輩!」
 「先輩、ファイト!」
 声援の波は咲良の前まで来ている。
 そしていよいよ柊が咲良の前に到達した。
 「柊! 頑張れ!」
 普段ならば気の利いた一言が出るのに今日の咲良はありきたりな応援の言葉しか言うことができなかった。
 皆が言っている言葉、ここまで走っている間に何度も掛けられた言葉だろうに咲良の声でその言葉を聞いた瞬間、柊の歩幅が広がり、スピードが上がった。隣の選手はいきなり上がったスピードに付いていけない。

 咲良の目の前で柊は颯爽と二位を追い抜いた。
 直後、歓声が沸く。

 そしてそのまま柊は咲良の前を走りすぎていった。
 二位に躍り出た柊の後姿は咲良の目に輝いて見えた。





 「あー、くっそ……」
 タオルを頭から被り、座り込んだ柊が悪態をつく。

 結果、柊は二位だった。
 咲良の目の前で二位に躍り出た柊は順調に走り続け、一位の背中を捕らえるまで距離を詰めていた。それでもあと一歩のところで及ばなかった。
 「柊、お疲れ様」
 頭上から振ってきた咲良の声に柊が顔を上げた。
 てっきり泣いているかと思っていたが柊の目に涙は浮かんでいなかった。


 “その目は既に来年へのリベンジに燃えていた。”

 咲良は原稿の一文を決めた。


 悪い、と柊が謝罪の言葉を述べる。
 「これじゃ題材として格好がつかないな」
 二位なんて、と言う柊に咲良が大きく首を横に振って見せる。
 「それをどうまとめるかが俺の腕の見せどころだろ」
 そう言う咲良の姿はとても頼もしい。
 「最高に格好良かったよ、柊」
 二人の視界の端には柊に話しかけようとそわそわとしている女子生徒の姿が見えた。あの子たちもきっと柊のことが格好良いと思ったのだろう。
 柊は足が速い。例えそれが二位だとしても彼女たちにとっては、咲良にとっては、柊は足が速くて格好良いのだ。
 「咲良」
 「ん?」
 柊が咲良を呼ぶ。そして柊は咲良の胸倉を掴むと引き寄せた。柊の頭に掛けられたタオルがカーテンの役割を果たして二人の顔を隠す。
 タオルで隠れた内側で二人の唇が重なった。
 「しゅう!?」
 唇が重なったのはほんの一瞬で、離れた場所にいる柊のファンたちには幸いなことに見えていない。
 咲良は慌てて柊から身体を離すと顔を真っ赤に染めた。一方の柊は未だ冷めやらぬ駅伝の熱か、咲良への熱か、頬を仄かに紅潮させて笑っていた。





 “その目は既に来年へのリベンジに燃えていた。”

 七月。高校最後の大会、柊を題材としたアナウンス原稿で咲良は見事優勝を果たした。
 規定時間内の一分二十五秒の中に柊の努力の全てが込められており、題材、文章能力、アナウンス技術すべてに置いて咲良は最も優秀だと証明されたのだ。
 咲良は自身の能力が認められただけでなく、柊のことも皆に認められ、褒められたような気持ちになり結果に大満足していた。
 「咲良、優勝おめでとう」
 「柊、聞きに来てくれてありがとう」
 閉会式後、会場の外に出ると柊が咲良を待っていた。
 「俺のことを褒めてもらえるのも嬉しいけど、やっぱり柊のことも褒めてもらえて嬉しかった。いい原稿になったよ。柊、本当にありがとう」
 咲良の後ろでは優勝をまるで自分のことかのように喜んで泣く女子生徒の姿が見える。彼女には見覚えがある。教室で咲良に勉強を教えてもらっていた子だ。きっと彼女も咲良のことが好きなのだろう。


 男子高校生のモテる理由など至極明確で単純なものだ。
 足が速い、もしくは頭が良い、だ。


 柊は咲良の手を引いて引き寄せた。それは彼女に対するけん制だ。
 「柊?」
 「咲良はモテるんだな」
 突然引き寄せられた肩に咲良は首を傾げる。何もわかっていない彼に柊はため息をついて見せた。そんな柊の態度に咲良はムッと唇を尖らせる。
 「柊もモテるだろ。俺のアナウンスを聞いた子が柊のこと知ってるって話しかけてきたぞ」
 それはただ単に咲良に話しかけるきっかけにされたんじゃないか、と柊は鈍い咲良をジトっと見る。
 「俺はただ足が速いだけだし」
 「それじゃあ俺もただ頭がいいだけだよ」
 そう言って二人は顔を見合わせると笑った。
 「足が速いだけじゃさすがの柊もモテないでしょ。柊は足が速いだけじゃなくて明るくて話してて楽しいし……」
 「それを言うならお前も頭がいいだけじゃなくて顔も綺麗だし髪もサラサラできれいだし優しいし……」
 お互いを褒め合う二人はまた笑う。

 「やっぱ俺、咲良のことが好きだ」
 「俺も。柊のことが大好き」

 そう言うと二人はお互いを抱き寄せる手に力を込めた。



 (おわり)