*優斗視点


 高瀬と足湯に通う日々が続いた。基本あんまり会話はしないけれど「水分は大事だから」と言い、飲み物を注文していない時はこまめに無料の水を持ってきてくれたり、足湯からあがるタイミングを僕に合わせてくれたり。

 学校では誰にも気遣いをしない、我が道を行くタイプっぽく見えていたのに、女装している僕に対しては色々気にかけてくれて、優しかった。

そして高瀬は本を読むのが大好きらしくて、おすすめの小説を貸してくれたりもした。「返すのいつでもいいから」って、次々に貸してくれるから、借りた本がどんどん部屋の机の上に積み上がっていく。

 こんなふうに友達と過ごしたことはなかったから、楽しくて。そもそも友達と呼んでいいのか分からないけれど……ちょっと戸惑うこともあるけれど、これからもこうやって、高瀬と一緒に過ごせるといいなって、僕の気持ちは変化していった――。

 ***

 そんな充実した日々を過ごしていた時。
 そろそろ雪が降りそうな香りがしている季節。

「赤井、可愛いな」と、同じ小中学校に通っていた、同じクラスの黄金寺から教室でそんなことを言われるようになる。急に触れてきたりのスキンシップも増えてきた。

 それにはわけがあった。

***

 ふたつ前の日曜日にきっかけとなる出来事が。

 高瀬兄弟と咲良ちゃんがお店に来ていて、それぞれが別のお菓子コーナーにいた。咲良ちゃんのお父さん、紫音さんは高瀬と兄弟だけど、全然似てないなぁと見比べていた時、突然黄金寺がやってきた。

「赤井、どうして女装してるの?」

 僕の姿をひとめ見ただけで、僕が女装していることを見抜いた黄金寺は僕に質問してきた。

 この質問はやばい。だって、未だに高瀬には、赤井優斗と優香が同一人物だとバレていないから。それに咲良ちゃんも僕のことを多分、完全に女の子だと思ってる。

 高瀬には、タイミングがあれば同一人物だと打ち明けたいとも考えている。だけど、クラスメイトの男の僕に対しての態度は相変わらず冷たい。こないだなんて先生に頼まれてプリントを回収する時に、高瀬がまだ提出してなかったから声をかけたら、無言でムッとされながら渡された。

 優香に対しては優しくて、会話がしやすい。好意もあるなとひしひしと感じている。

 今バレると、どうなるんだろう。

 高瀬を見ると全く黄金寺の存在に気がついてなく、スナック菓子の食品表示部分を真剣に見ていた。高瀬は文字を読むのが好きなのか、よく表示部分を読んでいて、そのタイミングで話しかけてみたこともあるけれど、いつも聞こえてない様子だった。

 黄金寺の顔にぐっと近寄ると「黄金寺、理由は後で話すから……今は僕だってこと、気付かないふりをしていて?」と小声で伝えた。
「何でか分からんけど、分かった」
「っていうか、なんでここに来たの?」
「ドライブしててさ……そういえば赤井、この辺の駄菓子屋の店に住んでるって言ってたなぁって思い出して。扉を開けたらビンゴだった」
「この辺、ここしか駄菓子屋ってないからね……」

 黄金寺はニヤッと笑い、つられて僕も笑った。「可愛いな」と言いながら黄金寺が僕の頭をくしゃっと撫でてきた。

 僕と高瀬は学校では仲が良くない関係であることと、学校での僕と、今ここにいる優香としての僕が同一人物だってことが高瀬には一切バレていないことは、紫音さんには詳しく説明してある。「自分から高瀬に言うべき時が来たら説明します」とも伝えてあった。今この場で女装してるのを知らないのは、高瀬と咲良ちゃんのふたり。

「それにしてもこの髪の長さ、似合ってるよね。確か中学の時も、一番長い時期はこのくらい長かったよね?」
「あ、覚えてたんだ」
「うん。可愛かったから」

 中学時代は、ただ切るのが面倒でいつの間にか伸びている感じだった。可愛かったのかな?と疑問に思う。

 コソコソ顔を近づけたまま黄金寺と話をしていると、突然高瀬が「優香ちゃん!」と、大きな声で僕の名前を呼んで、話に割り込んできた。

 大きい声にびっくりして全身が震えた。名前を呼ばれたけれど返事は出来なかった。

「えっと……優香ちゃん、今日の夜も、ひょう花に行く?」
 
 高瀬が訊いてきた。

「どうしようかな。行こうかな?」

「優香ちゃんって名前なんだ? 俺も優香ちゃんって、呼んでいい?」

 黄金寺が話をちゃんと合わせてくれている。
 これは初対面の設定だよね?

「うん。大丈夫……です」
「赤……優香ちゃんたち、どこにいくの?」
「足湯だ、です」
「……俺も行ってみよっかな?」

 初対面の設定なのにいきなり一緒に足湯行くとか、なんか違和感だけど……。

 高瀬を見ると、黄金寺を睨んでいた。

「高瀬、その顔怖いよ? 呪ってきそう」
「うるせー」

 何だか不穏な空気が流れてる。
 ここで喧嘩とか、絶対に辞めて欲しい。

「ゆっちゃん、お菓子決めたからぴってして?」

 ふわふわオーラの咲良ちゃんと紫音さんが近くにきて、一気に不穏な空気は消え去った。


 黄金寺の家には夜から家庭教師が来るらしく「夜は行けないな」と残念がっていた。すると奥で休んでいたばあちゃんが「お店は私がみるから、今から行ってきてもいいよ」って言ってくれた。

「優香ちゃん、俺の車に乗りな? 運転手に伝えてくる」
「私も行きたい。車に乗りたいな……」
「いいよ! 車、子供の席の準備も頼んどくね」

 咲良ちゃんと紫音さんも黄金寺の車に乗って行くことになった。

 運転手に伝えるため、外に出ようとしていた黄金寺。外に出る直前に黄金寺は僕の耳元に顔を近づけてきて「普段学校でしか会えないからプライベートも一緒に過ごせるなんて、嬉しいよ、優香ちゃん」と最後の名前部分を強調して呟いてきた。


***

 準備を終えると、黄金寺の車に乗った。
 車の種類はよく分からないけれど、黒くてお金持ちっぽい車。

 助手席に黄金寺が、後ろには僕と咲良ちゃん、そして紫音さんが乗った。

 高瀬は黄金寺に「車の中に高瀬の跡は残したくないな」と、車の前で言われていた。すぐに黄金寺は「冗談だよ」と訂正したけれど「別に歩くし……」と高瀬は言い、再び良くない空気が流れ始めた。どっちにしても車は運転する人を含めて五人しか乗れないっぽいから、ひとりは乗れない。歩くのが好きだから、僕が車に乗らずに歩いてもいいけど。なんて考えていたけれど、結局何も言えないまま、黄金寺と高瀬の顔を交互に見ていたら、高瀬は先に歩いていってしまった。

 走り出した車は、一瞬でひょう花に着いた。
 車だと着くのが早い。もちろん先に出た高瀬よりも先に着いた。

「すぐに着いたね! 蒼にぃと歩くとすっごい時間かかるから、蒼にぃは来るの遅そう。蒼にぃとふたりでお菓子を買いに行くとね、お店につくのがいっつも遅くなるの」

「蒼は、道を覚えるのが小さい頃から得意じゃないからかな?」

「何、あいつ、方向音痴なの?」
「ねぇねぇ、方向音痴って何?」
「方向音痴ってな……」

 黄金寺が咲良ちゃんに説明する。
 咲良ちゃん、慣れてない男の人が苦手だって言ってたけど、黄金寺は大丈夫なのかな? 人見知りの僕でさえもすぐに黄金寺と話せるようになったし、黄金寺は本当にすぐに誰とでも仲良くなれるタイプだ。ちょっと羨ましいかも。

 高瀬が来るまで、みんなで車の中にいることにした。

 高瀬遅いな。歩きだと十分か十五分ぐらいで着くから、多分もう着くと思うけど。

 しばらくしてから高瀬が来た。
 迷子になりながら来たのかな?って思ったら、申し訳ないけれど、ちょっと高瀬が可愛く思えてきた。

 高瀬と黄金寺、ひょう花で喧嘩しないかな?って心配だったけど、争いは一切起こらずに平和に過ごせた。

紫音さん、咲良ちゃん、黄金寺、僕、そして高瀬の順に、みんなで仲良く並んで足湯を堪能した。

――なんか、すごく楽しくて居心地がいいな。

 明るい気持ちで過ごせる時間が、最近増えている。