*蒼視点
叔父が足湯カフェ『ひょう花』を経営している。そこは俺のお気に入り場所だ。
中全体は木の温もりを感じる雰囲気。子供も遊べる休憩スペースや、足湯に入らない人たちもご飯を食べながら過ごせるスペースもある。そしてメインの足湯コーナーは、横一列に客が並べる長いテーブルがあり、その長さに合わせた長い椅子もある。軽く十人以上は座れるだろう。目の前には外全体が見渡せる大きな窓がある。季節によって色が変わる庭園の景色を眺めたり、本を読みながら軽食を食べたり。あんまり混まないから、ゆったり自由に過ごせる。
駄菓子屋に行ったあと、昼ご飯を家で済ませてからここに来て、足湯を堪能していた。
お湯の中に足を入れると、足裏に溜まった数々の老廃物がまるで山を登り始めたように上へ上へと這い上がり、血液が浄化、循環しているのを感じる。
初めて足湯を体験した時は、詳しい年齢は覚えていないけど小さな時だった。まだリニューアルする前、母親に連れられてここに来た。ちなみにリニューアル前、ここの名前は漢字で『氷花』だったらしい。
丸い穴の中にお湯があって、そこに足を入れていたイメージが頭の中でかすかに残っている。その記憶の中では狭くて数人いるだけでギュウギュウになっていたような。その穴の中に、大人たちの真似をしてちょこんと足を入れてみていた。
中学二年生の時だった。ふらふらと気がつけばひとりで来ていて、それから心身共に浄化したい時は通うようになっていた。叔父をはじめ、常連客もアットホームな感じで居心地がよくて、暇な時はいつも通っている。大人でいうと、タバコとかお酒とか毎日癖になる?ようなやつの感覚だきっと。
いつものように足を湯に入れ、読みかけの小説を開いた。
小説を買う時は本屋の中をさまよい、目に入ったものを選んで読む感覚派。今読んでいる小説は芸能人が書いた純文学だ。リアルな自分には全く縁のない恋愛モノ。結末はすでに知っている。なぜならいつも最後のページから読むから。
カップルが遠距離になるからって別れかけたが、最後には夢を追いかける女のあとを、仕事を辞めた男がついて行き結婚するという内容の物語。
俺より十歳年が上の兄、紫音はこの今読んでいる小説のように、夢を追いかける女のあとをついていき……はしなかった。
兄貴と元カノは結婚しないまま一緒に暮らしていて、ふたりの間に咲良が生まれた。
少し経つと「私は女優になる夢を追いかけるの!」と、兄貴と咲良を置いて元カノは都会へ旅立った。
それから兄貴は咲良とアパートでふたり暮らしをしていたけれど、ひとりで咲良を育てるのは大変だと言い、実家に戻ってきた。
そして今日は、咲良と一緒に駄菓子屋へ行った。行ったおかげで、良い出会いが――。
駄菓子屋の風景はぼんやりと、店にいた女の子、優香ちゃんの顔ははっきりと頭の中に浮かんでくる。目がクリクリで可愛さもある美人だったな。
本当にタイプだった。
思い出すだけであの子を抱きしめたくなる感情が湧き出てくる。
あの子のことを考えていると、あっという間に時間が過ぎていく。
――もう一度、会いたいな。
会いに行けばいいじゃないか。咲良が「お菓子を買いに行きたい」と言えば、それはもう俺の都合では無い。きちんとした理由になるはずだ。
それにしても優香ちゃん、俺と話す時もじもじしていたな。
俺に気があったりすればいいのに。
優香ちゃんが運命の相手ならいいのに――。
*優斗視点
店に高瀬が来た日の夜、自分の部屋の畳に座りながら、白いローテーブルの上に教科書とかを置き、期末テストの勉強をしていた。数学の練習問題が終わると、座ったまま足を思い切り伸ばす。部屋着のショートパンツを履いているから、足の露出している部分が畳に触れる。畳がちょっとひんやりしていて気持ちがいい。
数学が終わると次は保健体育。教科書をテーブルの上に乗せて開いた。白チワワのゆきちゃんが足元に来たから、ふわっと抱っこした。
この子は、高校受験の日に出会った女の子。朝、受験会場に向かうと、雪が積もっている木の下に小さなダンボールがあった。
ダンボールの中を覗くと、くりっとした目でずっとこっちを見ていた。暖かい場所に連れていきたかったけど、これから大切な受験だし、連れてはいけない。寒いかなと思い、つけていた茶色のチェックのマフラーをかけた。そして「ごめんね」と謝り、そのまま会場まで行った。
帰り道、まだダンボールの中にいた。
僕にとっては小さなダンボールでも、この子にとっては大きなダンボールで、多分自分の力だけでは外には出られないのだろう。
捨てられたのかな?
なんでこんな寒いところに、こんなに小さくて可愛い子を置いて行けるんだろうか。
犬は抱いたことがない。しかも子犬。壊れないようにそっと抱きしめた。そのまま朝置いていったマフラーにゆきちゃんをくるみ、寒かったねと話しかけて、ちょっと泣きながら家に連れていった。家に帰るとばあちゃんに相談して、ゆきちゃんと一緒に暮らすために必要なことをすぐにした。
ちなみにこの子の名前の由来は雪みたいな白い毛で、雪の中で出逢い、そして雪みたいに性格もふわふわしてて可愛いから。
ゆきちゃんを撫でると「クゥーン」と泣きながら頬にすり寄ってきた。
抱っこしながら、高瀬のことを思い出す。
もう店にはきっと、来ないよね――?
気まずいから、もう来なければいいのになと、ちょっと思ってしまった。
叔父が足湯カフェ『ひょう花』を経営している。そこは俺のお気に入り場所だ。
中全体は木の温もりを感じる雰囲気。子供も遊べる休憩スペースや、足湯に入らない人たちもご飯を食べながら過ごせるスペースもある。そしてメインの足湯コーナーは、横一列に客が並べる長いテーブルがあり、その長さに合わせた長い椅子もある。軽く十人以上は座れるだろう。目の前には外全体が見渡せる大きな窓がある。季節によって色が変わる庭園の景色を眺めたり、本を読みながら軽食を食べたり。あんまり混まないから、ゆったり自由に過ごせる。
駄菓子屋に行ったあと、昼ご飯を家で済ませてからここに来て、足湯を堪能していた。
お湯の中に足を入れると、足裏に溜まった数々の老廃物がまるで山を登り始めたように上へ上へと這い上がり、血液が浄化、循環しているのを感じる。
初めて足湯を体験した時は、詳しい年齢は覚えていないけど小さな時だった。まだリニューアルする前、母親に連れられてここに来た。ちなみにリニューアル前、ここの名前は漢字で『氷花』だったらしい。
丸い穴の中にお湯があって、そこに足を入れていたイメージが頭の中でかすかに残っている。その記憶の中では狭くて数人いるだけでギュウギュウになっていたような。その穴の中に、大人たちの真似をしてちょこんと足を入れてみていた。
中学二年生の時だった。ふらふらと気がつけばひとりで来ていて、それから心身共に浄化したい時は通うようになっていた。叔父をはじめ、常連客もアットホームな感じで居心地がよくて、暇な時はいつも通っている。大人でいうと、タバコとかお酒とか毎日癖になる?ようなやつの感覚だきっと。
いつものように足を湯に入れ、読みかけの小説を開いた。
小説を買う時は本屋の中をさまよい、目に入ったものを選んで読む感覚派。今読んでいる小説は芸能人が書いた純文学だ。リアルな自分には全く縁のない恋愛モノ。結末はすでに知っている。なぜならいつも最後のページから読むから。
カップルが遠距離になるからって別れかけたが、最後には夢を追いかける女のあとを、仕事を辞めた男がついて行き結婚するという内容の物語。
俺より十歳年が上の兄、紫音はこの今読んでいる小説のように、夢を追いかける女のあとをついていき……はしなかった。
兄貴と元カノは結婚しないまま一緒に暮らしていて、ふたりの間に咲良が生まれた。
少し経つと「私は女優になる夢を追いかけるの!」と、兄貴と咲良を置いて元カノは都会へ旅立った。
それから兄貴は咲良とアパートでふたり暮らしをしていたけれど、ひとりで咲良を育てるのは大変だと言い、実家に戻ってきた。
そして今日は、咲良と一緒に駄菓子屋へ行った。行ったおかげで、良い出会いが――。
駄菓子屋の風景はぼんやりと、店にいた女の子、優香ちゃんの顔ははっきりと頭の中に浮かんでくる。目がクリクリで可愛さもある美人だったな。
本当にタイプだった。
思い出すだけであの子を抱きしめたくなる感情が湧き出てくる。
あの子のことを考えていると、あっという間に時間が過ぎていく。
――もう一度、会いたいな。
会いに行けばいいじゃないか。咲良が「お菓子を買いに行きたい」と言えば、それはもう俺の都合では無い。きちんとした理由になるはずだ。
それにしても優香ちゃん、俺と話す時もじもじしていたな。
俺に気があったりすればいいのに。
優香ちゃんが運命の相手ならいいのに――。
*優斗視点
店に高瀬が来た日の夜、自分の部屋の畳に座りながら、白いローテーブルの上に教科書とかを置き、期末テストの勉強をしていた。数学の練習問題が終わると、座ったまま足を思い切り伸ばす。部屋着のショートパンツを履いているから、足の露出している部分が畳に触れる。畳がちょっとひんやりしていて気持ちがいい。
数学が終わると次は保健体育。教科書をテーブルの上に乗せて開いた。白チワワのゆきちゃんが足元に来たから、ふわっと抱っこした。
この子は、高校受験の日に出会った女の子。朝、受験会場に向かうと、雪が積もっている木の下に小さなダンボールがあった。
ダンボールの中を覗くと、くりっとした目でずっとこっちを見ていた。暖かい場所に連れていきたかったけど、これから大切な受験だし、連れてはいけない。寒いかなと思い、つけていた茶色のチェックのマフラーをかけた。そして「ごめんね」と謝り、そのまま会場まで行った。
帰り道、まだダンボールの中にいた。
僕にとっては小さなダンボールでも、この子にとっては大きなダンボールで、多分自分の力だけでは外には出られないのだろう。
捨てられたのかな?
なんでこんな寒いところに、こんなに小さくて可愛い子を置いて行けるんだろうか。
犬は抱いたことがない。しかも子犬。壊れないようにそっと抱きしめた。そのまま朝置いていったマフラーにゆきちゃんをくるみ、寒かったねと話しかけて、ちょっと泣きながら家に連れていった。家に帰るとばあちゃんに相談して、ゆきちゃんと一緒に暮らすために必要なことをすぐにした。
ちなみにこの子の名前の由来は雪みたいな白い毛で、雪の中で出逢い、そして雪みたいに性格もふわふわしてて可愛いから。
ゆきちゃんを撫でると「クゥーン」と泣きながら頬にすり寄ってきた。
抱っこしながら、高瀬のことを思い出す。
もう店にはきっと、来ないよね――?
気まずいから、もう来なければいいのになと、ちょっと思ってしまった。