*蒼視点


 全力で走って赤井の家に向かった。
 赤井はずっと辺りを見渡し、無我夢中で探しながら走っている。
 電話を切った直後の赤井はすごく震えていた。

 今も息切れしながら、ずっと泣きそうな表情で――。

 ゆきちゃんって誰かは知らないけれど、きっと赤井にとって、すごく大切な人なのだろうというのは伝わってくる。

 赤井のために、赤井が悲しみの涙を流さないように、俺は全力でゆきちゃんを探す!

「赤井、ゆきちゃんってどんな人……」

 質問の途中、急に赤井は立ち止まった。
 うっすら雪が積もっている木の下辺りをじっと見ている。

 赤井の視線の先には小さな白い犬が――。

 この犬、見たことがある。
 赤井の家の玄関で、足元に来た犬だ。

 もしかして、この犬がゆきちゃん……犬だったのか!

「ゆ、ゆきちゃん!」

 赤井が名前を呼ぶと、雪を真剣に掘っていた犬の動きが止まる。そしてこっちを見ると「わんっ!」と高い声で吠えた。

 赤井がゆきちゃんの元へ走り、勢いよく抱き上げる。

「ゆきちゃん、大丈夫? 寒かった?」

 赤井はしゃがみ、膝にゆきちゃんを乗せると、自分の首元に手をやる。

「あ、マフラー巻いてあげたかったけど、ひょう花に置いてきちゃった……」

 赤井は「早くお家に帰ろうね」と言いながら立ち上がり、優しくゆきちゃんを抱きしめた。

 俺は自分の首に巻いていた紺色のマフラーを、赤井が抱いているゆきちゃんに巻いた。赤井が大切にしている人や物、そして犬は、全て俺にとっても大切なんだと確信したから。

「ゆきちゃん、元気でいてくれて、本当によかったよ……」

 赤井は優しい表情をしながら涙を流した。
 目の前の光景を見て、ふと、あの時を思い出した。

 高校受験の日、立ち止まってしまう程に、見入ってしまったあの光景を。

「赤井、もしかして、受験の日にゆきちゃん抱っこして、泣きそうになってた?」

 話しかけると赤井と目が合う。
 よく見ると赤井は、泣きすぎたからか、目が腫れて疲れた顔色をしていた。いや、この目の腫れは今だけではなくこの時間以外にも泣いていたからか?
 
「うん、ゆきちゃんがひとりぼっちでいたから……」
「あの日に見たのは、赤井だったのか。あの時に見た赤井は髪の毛が長かったし、輝きすぎていたから、赤井だって気がつかなかった」
「輝いてた!?っていうか、見られてたんだ……髪の毛は、受験が終わってから、ばっさりと切った」
「そうだったんだ……あの時、本当に泣きそうになってたよな?」

「だってね、この子、寒い中ひとりで捨てられてたんだよ。こんなに小さくてか弱そうなのに……この子にとって大きいダンボールの中にいたから、この子は小さいから出られなくて。たくさん人は周りにいたのに、まるで透明な存在みたいに……。僕も中学生の時に、学校の中で透明な存在になったことがあるから気持ちがすごく分かる。自分から助けを求められなくて、つらかったよね?」

 再び赤井は静かに泣き出した。

 赤井は中学生の時、つらかったのか?
 何があったのか、ものすごく気になりすぎるが、それは後で赤井から話してくれるのを待とう。

 ゆきちゃんがもしも見つからなかったら、赤井の心はどうなっていたんだろうか。ゆきちゃんが見つかって、本当によかった。赤井の心が無事で、壊れなくて……本当によかった。

 赤井をゆきちゃんごと優しく抱きしめた。赤井の全部を抱きしめると、赤井はイメージよりも細くて小さいことを知る。そして心は、どうしようもない程に繊細。

 赤井を、人生全てかけてでも守りたい。  
 赤井と離れたくない――。

 誰かに対して強くそう思えたのは初めてだった。

「赤井、学校では冷たくしてごめんな」
「ううん、僕こそ、騙してごめん。騙していたけれど、一緒に足湯にいる時は本当に楽しくて……」
「うん」
「僕、友達とそんなふうに過ごすことがなかったから、高瀬と一緒にいる時は本当に新鮮で」
「うん」
「高瀬が新しい世界を教えてくれて、一緒に足湯にいる時は本当に楽しくて、僕、友達とそんなふうに過ごす……」
「赤井、同じ言葉繰り返してる」

 取り乱した赤井を愛おしく感じる。

「赤井……」
「何?」

「学校での不器用な赤井も、優しくて可愛い赤井も、女装している赤井も……。どれも本当の赤井で、どの赤井も魅力があって良くて……どの赤井も俺にとっては大切な存在で……だからそのままありのままの赤井でいてほしいし、助けてほしいことあったら、何でもすぐに言って?」

 ひとつひとつ丁寧に、言葉を確認しながら赤井に気持ちを伝えた。
 赤井は頷くと、声を出してもっと泣き出した。
 ぎゅっと力を込めて赤井を抱きしめ、勇気をだして赤井に気持ちを伝えた。

「俺、全部の赤井が、好きだから――」

 俺の気持ちを伝えると、赤井は頭を俺の胸元に寄せてきた。そして、いちばん欲しかった言葉をくれた。

「……僕も、高瀬のことが好きだよ」。