*優斗視点


 あの日から黄金寺とは気まずくて、話せなくなった。目も合わせられなくて、背中しか見れない。キスをされそうになったのは正直驚いたし、嫌だった。だけど、それがきっかけで黄金寺と話せなくなるのは寂しくて、もっと嫌だった。

 きちんと話をした方がいいのかな? 
 いいよね?

 けれどそれがすごく難しい。

 多分、何かがきっかけで仲良かった人と心の距離が離れてしまって、でも元のように仲良しに戻れた経験をしたことがある人だって、仲直りするきっかけを作るのは簡単ではないと思う。僕はこんな風に同級生の誰かと仲良くなったことなんて、今までなかった。だから仲良くなった人と心の距離が離れてしまう経験自体したことがないから、更に難易度は上がる。

 そしてもうひとつ、寂しく感じることが。
 最近、高瀬がお店に来なくなった。

 咲良ちゃんと紫音さんは来ていたから、咲良ちゃんがお菓子にあきたとか、そんな理由ではないと思う。

 高瀬、忙しかったりするのかな? 

 いつもは、高瀬がお店に来て「ひょう花に行こう」って僕を誘ってくれていたから、誘われないと行けなくて。だからひょう花にも最近行ってない。学校では全く話をしないし……高瀬と話をしたい。「どうしてお店に来ないの?」ってまずは訊きたいけれど、学校では赤井優斗だし、その質問は不自然すぎる。それに、男の僕は嫌われていそうだし、質問したら冷たい返事をされる未来が見える。

 高瀬とひょう花に行っていた日々を思い出す。最近は行ってないのかな? ひとりで行ってたりする?

――それとも別の人と?

 僕ではない誰かが高瀬の隣にいて、ふたりでお湯に足を入れて、笑いあって……。

 ズキン――。

 別の人と一緒にひょう花へ行って楽しんでいる高瀬を想像したら、心が痛くなった。当たり前のように、近くにいてくれた時には安心していたのに、距離ができた途端に不安や、寂しさや……あんまり良くない気持ちが心の中でいっぱいになる。 

 これからも隣にいてほしいし、離れていかないでほしい。

 高瀬は僕を、高瀬の一番お気に入りの場所へ、外へと連れ出してくれた。女装している時の僕にはすごく優しい高瀬。一緒にいると居心地が良くて、いつも楽しかった。いつの間にか高瀬は僕にとって、一緒にいたい、特別な存在になっていた。

 一緒にいられなくなる想像をしたら胸が痛くなって、涙が出そうで、泣くのを我慢すると鼻がつんと痛くなった。

 高瀬とひょう花で一緒に過ごしたい。
 高瀬と並んで、お湯に足を入れたいよ。

 僕の隣にいてほしい――。

 最近は寂しくて、心の中が寒い。
 季節だけが暖かくなってくる。


***

 三月の中旬になった。このまま二年生になって、もしもふたりと別々のクラスになったら、完全にそのまま離れてしまうことになると思う。

 お店でバイトをしている時にはお客さんに自分から話しかけれるけれど、普段は自分から〝心の距離がある人〟に話しかけるのは本当に苦手で……でも、自分から話しかけてみよう。

 休み時間に勇気を出して、まずは黄金寺に話しかけてみた。

「黄金寺、放課後、ちょっと話がしたいんだけど。大丈夫?」
「うん」

 黄金寺は静かに頷いてくれた。

 放課後になった。
 教室に残る、僕と黄金寺。

「俺も話したいって、ずっと思ってた……あの日の突然のキス、本当にごめん……もしも許してくれるなら、今まで通り、仲良くしてほしい」

 何から話そうか迷っていたら黄金寺が先に口を開いてくれた。

「ううん、こっちこそ……急に逃げて、それからずっと避けてて……ごめんなさい」

「はぁー……、仲直りできて良かった! しんどかったー」

 黄金寺は目をぎゅっと閉じて、天井に言葉をぶつけるように叫んだ。

「……僕も」

 僕は床に向かって、小さな声で呟いた。

 僕だけが仲直りしたくてずっと心の中がモヤモヤしていたのかな?って思ったりもしていて。でも、黄金寺も同じ気持ちでいてくれたんだなって分かると、灰色のモヤが流されて、心が明るい色になってきた。

「黄金寺、ありがとう」

 僕が笑うと、黄金寺も一緒に笑ってくれた。

「そういえば最近、女装してる時に高瀬と絡んでる?」
「ううん、何も。ていうか、お店に来なくなった」
「やっぱり」
「やっぱり?」
「うん、俺が赤井にキスした日、高瀬も偶然教室にいて。赤井が店で女装してるって話をあいつに聞かれてたから……」
「……えっ?」

 あの時教室に高瀬がいたこと、僕は全く気づいていなかった。
 もしかして、だから店に来てないの?

 明らかに高瀬は女装した僕、優香に気があると思う。そして学校での僕、赤井優斗に対しては冷たくて、嫌いなのがひしひしと伝わってくる。

 もしも僕が高瀬だったら、好きな女の子が実は嫌いな男で……感情ぐちゃぐちゃになるだろう。

 高瀬にとっては、ずっと騙されていたわけで――。

 明日学校で高瀬に謝ろうかな。いや、明日は土曜日だから学校は休み。多分、連休中は店にはこないし、連絡先も家も知らない。

――僕は高瀬のことを、あんまり知らない。

 確実に知ってるのは、高瀬が大好きなものは足湯ってことだけ……。

 もしかして、足湯にいたりする?
 そんな予感がした。

「黄金寺、僕、今からひょう花に行ってこようかな? 高瀬がいるかもしれないから」
「今から?」
「うん。高瀬に嫌われたくないよ……でももう優香の僕も、全部嫌われてそうで、怖い……」

 言いながらちょっと涙が出てきた。

「赤井、相当高瀬のことが好きなんだな……きっと大丈夫だよ。足湯に行ってきな?」
「うん」
「もしも上手く行かなかったら、俺のところにおいで? なぐさめてあげる」
「黄金寺……」

 黄金寺はふふっと笑った。
 いつもよりも力のない笑みだった。

 僕は帰る準備をする。黄金寺に「ありがとう」を伝えると、急いでひょう花に向かった。

 僕は、高瀬に嫌われたくない。
 僕は、高瀬と離れたくない。

 黄金寺がさっき「相当高瀬のことが好きなんだな」って、僕に言っていたけれど。

 それはただの、家族や友達とかに対する〝好き〟ではなくて。もっと深い意味のある好きで……。

 この気持ちはきっと。

 僕は、いつの間にか高瀬のことが――。



*蒼視点


 雪が解け始めた道を歩いている。学校から一旦家に帰り、ひょう花に向かっていた。

 今も歩きながら、赤井のことを考えてしまう。
 考えない日は、ない。

 赤井と優香ちゃんが同一人物だと知った日、前に女装した赤井からプレゼントされて、それからずっと大切にしていた、お菓子の空袋、そしてプレゼントが入っていた水色の袋を捨てようと思った。

――でも、捨てられなかった。

 お菓子は食べたから中身はなかったけれど、普段ゴミとして捨てるものでさえ優香ちゃんからもらったものは特別で。

 正体を知ってからもその特別は消えなくて、ずっと特別なままだった。

 赤井が優香ちゃんだと知った日から、教室でいつも赤井を目で追ってしまっている。

追いすぎて、最近気がついたことがある。赤井は女装している時とは違う。学校では女装している時よりも不器用な表情をしていて、黄金寺以外には用事がない限り、自分から話しかけることはしない。

 女装をしていない方の赤井も知ってゆく――。

 俺の心の中ではふたつの感情がせめぎ合っていた。騙されたんだと無理やり冷めようとしている自分と、まだ女装していた赤井に想いを抱き、諦めたくない自分。

 同一人物だと気づかなかった自分に恥を感じて苛立ち、そして頑張って優香ちゃんに会いに行ってた自分が馬鹿らしくも思えてくる。

 赤井の目には俺の言動、どう映っていたんだろう。女装していた赤井と関わると、赤井は優しい性格なんだと知った。だからきっと、騙されている俺をひっそり嘲笑うなんてしていなかったと思う。むしろ気づいてない俺に対して、いつ正体を言えばいいんだろうとか罪悪感に苛まれながら悩んでいそうだ。

 あれから駄菓子屋には行かなくなった。
 行かなくなったのではなく、行けなくなったが正しい。

 目の前の、雪が溶けてぐちゃぐちゃな道を眺める。
 今の俺みたいだ――。