*優斗視点
次の日も、高瀬の手の感触を覚えていた。
昨日からずっと高瀬のことばかり考えてしまって、今日は朝からいつもよりも高瀬を意識して見てしまう。そして目が合うと、どうしてだろう、心臓の音が早くなる気がする。でも高瀬はいつもと変わりがない様子で。高瀬は今、何を考えているのかな?
一時間目の授業が終わった。次は化学室に移動する。化学の教科書を机から出して準備をしている時だった。
教室の窓のところに立っていた黄金寺に手招きされた。他のクラスメイトたちは廊下に出ていく。僕も移動したいけど、とりあえず黄金寺のところへ行った。
そこへ行くと白いカーテンをしゅっと閉められた。窓は開いているけれど、ある意味ふたりだけの密室空間みたいになった。
なんでわざわざカーテン閉めるの?
「赤井、いや、優香ちゃん。昨日さぁ、足湯で高瀬とイチャついてただろ。手なんか繋いじゃってさ……今日は朝から高瀬ばっかり見てるし」
見られてたんだ……。
黄金寺はいつも学校では王子様みたいな雰囲気。だけど今は、ガラの悪いお兄さんに尋問されている気分。
「イチャついてないよ。それに今は、赤井でいいよ……」
「あいつも、優香に惚れてるな」
たしかに自分も同じことを感じていた。昨日はそれっぽいことも言われたし……だけど黄金寺に「うん、そうなの」って軽々しくは言えなかった。
あんまりこの話題を深堀りされたくはなくて。僕と高瀬ふたりのことだし。
「あっ、次って化学室に移動だよね? 準備しないと……」
思わず話をそらしてしまった。
「赤井の髪の毛、伸びたね?」
黄金寺も僕の言葉を無視してきた。
「う、うん。最近切ってないから伸びてきた」
「駄菓子屋で女装している時とあまり変わらないじゃん。もうそろそろウィッグいらないんじゃない?」
学校では肩よりも少し下まで伸びた髪の毛をひとつ結びにして、後ろでまとめてある。
黄金寺は僕の髪をまじまじと見つめる。そしてまとめてある髪の毛の先端に触れ、くるりと指に絡ませた。
何回かくるりとした後、僕の髪の毛を急にほどいてきた。なんで――?
「やっぱり赤井、可愛いな。髪もさらさらで、綺麗」
「あ、ありがと……」
「地毛の色も金色っぽくて似合ってるし……でも中学の時は見た目で決めつけられて、不良とか呼ばれてたよな?」
「うん。その時の僕のこと、そこまで覚えてたの?」
「本当に可愛いって思ってたから。その時はまだ赤井に恋してるわけじゃなかったけどね。赤井が学校に来なくなったから、大丈夫なのか?って、気にはなってた……」
あの時、気にしてくれていた人なんていたんだ……。中学校では最終的に、自分は透明人間になっていたような気がしていた。そんなこと、誰にも言えないけれど。
ん? 今、その時はまだ僕に恋してるわけじゃなかったって言った?
〝その時はまだ〟?
黄金寺は僕の手首をぎゅっと掴んできたから、反射的に抵抗して離れようとした。
「ちょ、離して黄金寺……」
「なんで俺だと嫌がるんだよ」
黄金寺の瞳が揺れている。
もっと強く手首を握られて「痛いよ」って言っているのに離してくれない。声も尖っていて、いつもと違う。
そのまま黄金寺の顔が近づいてきて……キスされそうになった。
僕は顔を背け、ギリギリかわした。
何で? どうしてそんなことしようとするの?
「いや、だ……」
突然の出来事で、わけが分からなくて涙が出てきた。
僕はカーテンの密室空間から逃げて、目的地は一切ないけど廊下を走った。
とりあえずトイレの中に隠れた。黄金寺は気づかないでトイレの前を通り過ぎていく。名前を呼ばれたけれど返事は出来なかった。
何? 今の……。
今起きた一連の流れを頭の中でなぞる。
僕の初めてのキスの相手は……もしも今かわさなかったら、黄金寺になるとこだった?
そっと人差し指で自分の唇をなぞる。
キスされそうになった相手は黄金寺だったけど。
今、頭の中に思い浮かんでいるのは黄金寺ではない、別の人。
どうしてなのか分からないけれど、初めてのキスは今、頭の中に浮かんできた人とがいいなという思いがよぎった。
頭の中に浮かんできたのは、高瀬 蒼――。
*蒼視点
化学室に行こうと廊下を歩いていたら、途中で教科書を忘れたことに気がついた。
教室に戻ると、カーテンの向こう側に人がいた。誰だろう?と思っていたら、赤井と黄金寺の声が聞こえてきた。
「髪の毛、伸びたね?」
「うん、最近切ってないから伸びてきた」
「駄菓子屋で女装している時とあまり変わらないじゃん。もうそろそろウィッグいらないんじゃない?」
はっ? どういうことだよ。
赤井が駄菓子屋で女装?
「やっぱり赤井、可愛いな――」
カーテンでこそこそ隠れながら何してるんだよ。途中小声すぎて聞こえない部分もあったけど、赤井に恋とか、赤井が学校に来なくなったとか……ずっと聞いていたら、痛いとか嫌だとかまで聞こえてきた。
もしかして、赤井が何かされてやばい状況なのか?
そっと様子を伺っていると、赤井が出てきて、走ってどこかに消えた。
髪の毛を珍しくほどいていた赤井。
今聞こえてきた会話が頭の中をよぎり、赤井と優香ちゃんが並んで浮かび上がる。そして……ピタリとふたりが重なった。
動悸がおさまらない。
優香ちゃんと赤井が同一人物?
残されていた黄金寺と目が合った。
「高瀬、おまえ……今、聞いてただろ?」
「うん、赤井が女装してたって……」
「俺は赤井が好きで……赤井の女装のこととかも、そういうことだから」
そういうことだからって。そんな短い言葉だけで「はい、そうだったんですね」なんて納得できるわけがない。
「待てよ、どういうことだよ」
俺の言葉を無視して黄金寺も教室から出ていった。ひとり教室に残されて、ぽつんと立ちすくむ。
すれ違った時に泣いていた、赤井の表情がはっきりと頭の中に残っていて消えない。
開きっぱなしの窓。教室の中では、カーテンだけが揺れている。
赤井は優香ちゃん。
優香ちゃんは赤井。
優香ちゃんが赤井だって最初から知っていたら、優香ちゃんと仲良くなりたいとか思わなかったし。思わなかった? いや、今は……赤井が優香ちゃんだって知っていたら、赤井に冷たくなんてしなかった。
赤井のこと何も知らないのに雰囲気だけで嫌だって決めつけて冷たくして……でも赤井は優香ちゃんで。優香ちゃんは誰に対しても思いやりがあって優しくて、可愛い。だから赤井も優香ちゃんだから実は優しくて、可愛い……?
というか、赤井が優香ちゃんなら、俺は赤井に恋してることになるのか?
はっ? なんだよこれ――。
しかも、黄金寺は赤井のことが好き?
混乱し、頭を抱えながら自分の机に行き、机の中から教科書を出す。次の授業は化学だったのに、音楽の教科書を持って化学室に入ってしまった。
次の日も、高瀬の手の感触を覚えていた。
昨日からずっと高瀬のことばかり考えてしまって、今日は朝からいつもよりも高瀬を意識して見てしまう。そして目が合うと、どうしてだろう、心臓の音が早くなる気がする。でも高瀬はいつもと変わりがない様子で。高瀬は今、何を考えているのかな?
一時間目の授業が終わった。次は化学室に移動する。化学の教科書を机から出して準備をしている時だった。
教室の窓のところに立っていた黄金寺に手招きされた。他のクラスメイトたちは廊下に出ていく。僕も移動したいけど、とりあえず黄金寺のところへ行った。
そこへ行くと白いカーテンをしゅっと閉められた。窓は開いているけれど、ある意味ふたりだけの密室空間みたいになった。
なんでわざわざカーテン閉めるの?
「赤井、いや、優香ちゃん。昨日さぁ、足湯で高瀬とイチャついてただろ。手なんか繋いじゃってさ……今日は朝から高瀬ばっかり見てるし」
見られてたんだ……。
黄金寺はいつも学校では王子様みたいな雰囲気。だけど今は、ガラの悪いお兄さんに尋問されている気分。
「イチャついてないよ。それに今は、赤井でいいよ……」
「あいつも、優香に惚れてるな」
たしかに自分も同じことを感じていた。昨日はそれっぽいことも言われたし……だけど黄金寺に「うん、そうなの」って軽々しくは言えなかった。
あんまりこの話題を深堀りされたくはなくて。僕と高瀬ふたりのことだし。
「あっ、次って化学室に移動だよね? 準備しないと……」
思わず話をそらしてしまった。
「赤井の髪の毛、伸びたね?」
黄金寺も僕の言葉を無視してきた。
「う、うん。最近切ってないから伸びてきた」
「駄菓子屋で女装している時とあまり変わらないじゃん。もうそろそろウィッグいらないんじゃない?」
学校では肩よりも少し下まで伸びた髪の毛をひとつ結びにして、後ろでまとめてある。
黄金寺は僕の髪をまじまじと見つめる。そしてまとめてある髪の毛の先端に触れ、くるりと指に絡ませた。
何回かくるりとした後、僕の髪の毛を急にほどいてきた。なんで――?
「やっぱり赤井、可愛いな。髪もさらさらで、綺麗」
「あ、ありがと……」
「地毛の色も金色っぽくて似合ってるし……でも中学の時は見た目で決めつけられて、不良とか呼ばれてたよな?」
「うん。その時の僕のこと、そこまで覚えてたの?」
「本当に可愛いって思ってたから。その時はまだ赤井に恋してるわけじゃなかったけどね。赤井が学校に来なくなったから、大丈夫なのか?って、気にはなってた……」
あの時、気にしてくれていた人なんていたんだ……。中学校では最終的に、自分は透明人間になっていたような気がしていた。そんなこと、誰にも言えないけれど。
ん? 今、その時はまだ僕に恋してるわけじゃなかったって言った?
〝その時はまだ〟?
黄金寺は僕の手首をぎゅっと掴んできたから、反射的に抵抗して離れようとした。
「ちょ、離して黄金寺……」
「なんで俺だと嫌がるんだよ」
黄金寺の瞳が揺れている。
もっと強く手首を握られて「痛いよ」って言っているのに離してくれない。声も尖っていて、いつもと違う。
そのまま黄金寺の顔が近づいてきて……キスされそうになった。
僕は顔を背け、ギリギリかわした。
何で? どうしてそんなことしようとするの?
「いや、だ……」
突然の出来事で、わけが分からなくて涙が出てきた。
僕はカーテンの密室空間から逃げて、目的地は一切ないけど廊下を走った。
とりあえずトイレの中に隠れた。黄金寺は気づかないでトイレの前を通り過ぎていく。名前を呼ばれたけれど返事は出来なかった。
何? 今の……。
今起きた一連の流れを頭の中でなぞる。
僕の初めてのキスの相手は……もしも今かわさなかったら、黄金寺になるとこだった?
そっと人差し指で自分の唇をなぞる。
キスされそうになった相手は黄金寺だったけど。
今、頭の中に思い浮かんでいるのは黄金寺ではない、別の人。
どうしてなのか分からないけれど、初めてのキスは今、頭の中に浮かんできた人とがいいなという思いがよぎった。
頭の中に浮かんできたのは、高瀬 蒼――。
*蒼視点
化学室に行こうと廊下を歩いていたら、途中で教科書を忘れたことに気がついた。
教室に戻ると、カーテンの向こう側に人がいた。誰だろう?と思っていたら、赤井と黄金寺の声が聞こえてきた。
「髪の毛、伸びたね?」
「うん、最近切ってないから伸びてきた」
「駄菓子屋で女装している時とあまり変わらないじゃん。もうそろそろウィッグいらないんじゃない?」
はっ? どういうことだよ。
赤井が駄菓子屋で女装?
「やっぱり赤井、可愛いな――」
カーテンでこそこそ隠れながら何してるんだよ。途中小声すぎて聞こえない部分もあったけど、赤井に恋とか、赤井が学校に来なくなったとか……ずっと聞いていたら、痛いとか嫌だとかまで聞こえてきた。
もしかして、赤井が何かされてやばい状況なのか?
そっと様子を伺っていると、赤井が出てきて、走ってどこかに消えた。
髪の毛を珍しくほどいていた赤井。
今聞こえてきた会話が頭の中をよぎり、赤井と優香ちゃんが並んで浮かび上がる。そして……ピタリとふたりが重なった。
動悸がおさまらない。
優香ちゃんと赤井が同一人物?
残されていた黄金寺と目が合った。
「高瀬、おまえ……今、聞いてただろ?」
「うん、赤井が女装してたって……」
「俺は赤井が好きで……赤井の女装のこととかも、そういうことだから」
そういうことだからって。そんな短い言葉だけで「はい、そうだったんですね」なんて納得できるわけがない。
「待てよ、どういうことだよ」
俺の言葉を無視して黄金寺も教室から出ていった。ひとり教室に残されて、ぽつんと立ちすくむ。
すれ違った時に泣いていた、赤井の表情がはっきりと頭の中に残っていて消えない。
開きっぱなしの窓。教室の中では、カーテンだけが揺れている。
赤井は優香ちゃん。
優香ちゃんは赤井。
優香ちゃんが赤井だって最初から知っていたら、優香ちゃんと仲良くなりたいとか思わなかったし。思わなかった? いや、今は……赤井が優香ちゃんだって知っていたら、赤井に冷たくなんてしなかった。
赤井のこと何も知らないのに雰囲気だけで嫌だって決めつけて冷たくして……でも赤井は優香ちゃんで。優香ちゃんは誰に対しても思いやりがあって優しくて、可愛い。だから赤井も優香ちゃんだから実は優しくて、可愛い……?
というか、赤井が優香ちゃんなら、俺は赤井に恋してることになるのか?
はっ? なんだよこれ――。
しかも、黄金寺は赤井のことが好き?
混乱し、頭を抱えながら自分の机に行き、机の中から教科書を出す。次の授業は化学だったのに、音楽の教科書を持って化学室に入ってしまった。