「そうだ、ムゲフレログインしなきゃ」
年が明ける頃、ようやくゲームのキャラクターが馴染んできて、最初はあれほど無理だと思ったのに、入手済みの70キャラほどの見分けがつくようになった。
ゲームにログインすると、ホーム画面に新規実装のお知らせポップが出てくる。
そういえば、沙也葉が新たなキャラが来ると言って張り切ってたっけ。まだ増えるのか……追いつかないよ。
日課の調香をしていると、無表情な少年が出てきた。
白から薄い水色へグラデーションになった髪。額の真ん中で左右に分け、耳の高さでボブになっている。襟足の一部が長く、細いしっぽのように垂れていた。水色のかっちりしたシャツに、白い上着は丈が短くフードがついている。ボトムは白いカーゴパンツ。瞳も睫毛も水色だ。
全体的に薄い水色と白の配色で、色素が薄く、どこか無機質。名前はカロンというらしい。
あれ? このキャラ、さっきの新規実装ポップで見たような。
SNSを見てみると、ユーザーたちが彼を入手しようと大騒ぎしている。確率はかなりレアらしい。
日課の一発目で出たと言ったら、沙也葉が発狂しそうだ。
「僕、何をすればいいの? 教えて」
平坦で無機質なしゃべり方。だが、語尾が震えているようにも聞こえ、どこか不安そうだ。
素材調達チームに入れると、「ひとつ、覚えた」「わかった。次は配慮する」など、どうも物を知らずに奮闘している様子だ。
気になってストーリーを解放してみた。
彼は人工的に作られた香りなので、感情と経験に難があるらしい。幼少期を経ずに体を得てしまったアンドロイドみたいなものか。
感情表現で悩んでいた彼に、焦らずそのままで大丈夫だと告げると、緊張が解けたように微かに笑った。
「!」
今笑えたよ、と言うと、再び緊張してしまう。
無理しなくていい、みんなにはちゃんとフォローを入れると約束すると、少し表情が和らいだ。
その過程に記憶がくすぐられると思ったら……昔の沙也葉だ。
***
小学五年生で転校してきた沙也葉はいつもマスクをつけて顔を伏せ、話しかけると固まって動かなくなってしまうような子だった。
クラスメイトたちは、彼女の殻を閉じたような反応に戸惑い、扱いあぐねていた。
グループ課題で沙也葉が同じ班になると、男子は露骨に嫌な顔をした。
「マスクロボと同じ班かよ」
「朗読発表会、俺ら負けるじゃん」
動きがぎこちなくマスクを外さない沙也葉を、男子はマスクロボと呼んでいた。
朗読発表会は、教科書のお話を役割分担して朗読劇のように発表し、先生たちが評価して順位をつけるイベントだ。
基本的に男子二名、女子二名。
瞳子は沙也葉と同じ班だった。
「沙也葉ちゃん、この役、読める?」
瞳子の声かけに沙也葉は顔をこわばらせていたが、微かにうなずく反応を見せた。
「じゃあ、練習しよう」
昼休み、班の男子も誘ったが、ドッジボールに走って行ってしまった。
瞳子は沙也葉を体育館裏の花壇に誘った。
人がいなくて、緊張せずに済むと思ったから。
教科書を広げて読み合わせを始めると、驚くことが起きた。
てっきり小さな声で棒読みをすると思っていた沙也葉は、感情を込め、流暢に読み始めたのだ。
「沙也葉ちゃん、うまいよ!」
瞳子は思わず拍手した。
「いつもと全然違うね!」
沙也葉は恥ずかしそうにうつむき、木の枝を拾って地面に文字を書いた。
『私が考えた言葉じゃないから』
瞳子は首をかしげた。
「書いてある言葉は読めるってこと?」
なぜそんなことになるのだろう。自分の考えに自信がない?
「私と話すのは、嫌?」
沙也葉はハッと顔を上げて瞳子を見ると、首を振った。
「じゃあ、話そうよ。沙也葉ちゃんの声、もっと聞きたい」
沙也葉の視線が泳ぎ、小さな声が漏れた。
「でも、話したら、嫌われるから」
瞳子はきょとんと目を見開いた。
「嫌われるって……誰に?」
「みんな」
「みんなって?」
クラスの子たちは戸惑っているが、嫌っているわけではないと思う。それに、『話したら嫌われる』という条件に当てはまらない。だって、沙也葉は転校してきてほとんど話をしていないのだから。
「……もしかして、前の学校の人たち?」
沙也葉はこくりとうなずいた。
沙也葉がぽつりぽつりと呟く言葉を繋ぎ合わせて、なんとなくわかった。
沙也葉は前の学校で、ひどいいじめにあっていたらしい。
「話したけど、私は嫌いになってないよ」
「でも、顔見たら、嫌いになる」
「なんで?」
「ブスだから」
瞳子は顔をしかめた。
「前の学校の人が言ったの? そういうのルッキズムっていうんだよ。考え方が古いよ」
瞳子は沙也葉の前に屈み込んだ。
「大丈夫だから、マスク外してみて」
沙也葉は周囲を見回し、おずおずとマスクを外した。
パーツが小さく地味めの目鼻立ちだが、けして醜くはない。
「全っ然ブスじゃないよ!」
瞳子は沙也葉の腕に手を添えた。
「私、沙也葉ちゃんの話もっと聞きたいよ。友達になろうよ」
沙也葉は戸惑うように目を泳がせていたが、やがてうなずくと、微かに微笑んだ。
「笑った!」
瞳子が喜ぶと意識してしまったらしく、再び表情がこわばる。
「無理に笑わなくていいよ。みんなが誤解しても、私がフォローするから」
それから、沙也葉は瞳子の前では笑顔を見せるようになり、瞳子を通して周囲とも徐々に打ち解けていった。
***
あのとき、笑顔を一人占めして嬉しかった気持ちがよみがえる。
普段の立ち絵の表情も少し和らいだカロンに庇護欲のようなものが湧き、瞳子はスマホの画面を優しく撫でた。
年が明ける頃、ようやくゲームのキャラクターが馴染んできて、最初はあれほど無理だと思ったのに、入手済みの70キャラほどの見分けがつくようになった。
ゲームにログインすると、ホーム画面に新規実装のお知らせポップが出てくる。
そういえば、沙也葉が新たなキャラが来ると言って張り切ってたっけ。まだ増えるのか……追いつかないよ。
日課の調香をしていると、無表情な少年が出てきた。
白から薄い水色へグラデーションになった髪。額の真ん中で左右に分け、耳の高さでボブになっている。襟足の一部が長く、細いしっぽのように垂れていた。水色のかっちりしたシャツに、白い上着は丈が短くフードがついている。ボトムは白いカーゴパンツ。瞳も睫毛も水色だ。
全体的に薄い水色と白の配色で、色素が薄く、どこか無機質。名前はカロンというらしい。
あれ? このキャラ、さっきの新規実装ポップで見たような。
SNSを見てみると、ユーザーたちが彼を入手しようと大騒ぎしている。確率はかなりレアらしい。
日課の一発目で出たと言ったら、沙也葉が発狂しそうだ。
「僕、何をすればいいの? 教えて」
平坦で無機質なしゃべり方。だが、語尾が震えているようにも聞こえ、どこか不安そうだ。
素材調達チームに入れると、「ひとつ、覚えた」「わかった。次は配慮する」など、どうも物を知らずに奮闘している様子だ。
気になってストーリーを解放してみた。
彼は人工的に作られた香りなので、感情と経験に難があるらしい。幼少期を経ずに体を得てしまったアンドロイドみたいなものか。
感情表現で悩んでいた彼に、焦らずそのままで大丈夫だと告げると、緊張が解けたように微かに笑った。
「!」
今笑えたよ、と言うと、再び緊張してしまう。
無理しなくていい、みんなにはちゃんとフォローを入れると約束すると、少し表情が和らいだ。
その過程に記憶がくすぐられると思ったら……昔の沙也葉だ。
***
小学五年生で転校してきた沙也葉はいつもマスクをつけて顔を伏せ、話しかけると固まって動かなくなってしまうような子だった。
クラスメイトたちは、彼女の殻を閉じたような反応に戸惑い、扱いあぐねていた。
グループ課題で沙也葉が同じ班になると、男子は露骨に嫌な顔をした。
「マスクロボと同じ班かよ」
「朗読発表会、俺ら負けるじゃん」
動きがぎこちなくマスクを外さない沙也葉を、男子はマスクロボと呼んでいた。
朗読発表会は、教科書のお話を役割分担して朗読劇のように発表し、先生たちが評価して順位をつけるイベントだ。
基本的に男子二名、女子二名。
瞳子は沙也葉と同じ班だった。
「沙也葉ちゃん、この役、読める?」
瞳子の声かけに沙也葉は顔をこわばらせていたが、微かにうなずく反応を見せた。
「じゃあ、練習しよう」
昼休み、班の男子も誘ったが、ドッジボールに走って行ってしまった。
瞳子は沙也葉を体育館裏の花壇に誘った。
人がいなくて、緊張せずに済むと思ったから。
教科書を広げて読み合わせを始めると、驚くことが起きた。
てっきり小さな声で棒読みをすると思っていた沙也葉は、感情を込め、流暢に読み始めたのだ。
「沙也葉ちゃん、うまいよ!」
瞳子は思わず拍手した。
「いつもと全然違うね!」
沙也葉は恥ずかしそうにうつむき、木の枝を拾って地面に文字を書いた。
『私が考えた言葉じゃないから』
瞳子は首をかしげた。
「書いてある言葉は読めるってこと?」
なぜそんなことになるのだろう。自分の考えに自信がない?
「私と話すのは、嫌?」
沙也葉はハッと顔を上げて瞳子を見ると、首を振った。
「じゃあ、話そうよ。沙也葉ちゃんの声、もっと聞きたい」
沙也葉の視線が泳ぎ、小さな声が漏れた。
「でも、話したら、嫌われるから」
瞳子はきょとんと目を見開いた。
「嫌われるって……誰に?」
「みんな」
「みんなって?」
クラスの子たちは戸惑っているが、嫌っているわけではないと思う。それに、『話したら嫌われる』という条件に当てはまらない。だって、沙也葉は転校してきてほとんど話をしていないのだから。
「……もしかして、前の学校の人たち?」
沙也葉はこくりとうなずいた。
沙也葉がぽつりぽつりと呟く言葉を繋ぎ合わせて、なんとなくわかった。
沙也葉は前の学校で、ひどいいじめにあっていたらしい。
「話したけど、私は嫌いになってないよ」
「でも、顔見たら、嫌いになる」
「なんで?」
「ブスだから」
瞳子は顔をしかめた。
「前の学校の人が言ったの? そういうのルッキズムっていうんだよ。考え方が古いよ」
瞳子は沙也葉の前に屈み込んだ。
「大丈夫だから、マスク外してみて」
沙也葉は周囲を見回し、おずおずとマスクを外した。
パーツが小さく地味めの目鼻立ちだが、けして醜くはない。
「全っ然ブスじゃないよ!」
瞳子は沙也葉の腕に手を添えた。
「私、沙也葉ちゃんの話もっと聞きたいよ。友達になろうよ」
沙也葉は戸惑うように目を泳がせていたが、やがてうなずくと、微かに微笑んだ。
「笑った!」
瞳子が喜ぶと意識してしまったらしく、再び表情がこわばる。
「無理に笑わなくていいよ。みんなが誤解しても、私がフォローするから」
それから、沙也葉は瞳子の前では笑顔を見せるようになり、瞳子を通して周囲とも徐々に打ち解けていった。
***
あのとき、笑顔を一人占めして嬉しかった気持ちがよみがえる。
普段の立ち絵の表情も少し和らいだカロンに庇護欲のようなものが湧き、瞳子はスマホの画面を優しく撫でた。