「ごめん……本当にごめん。オタク厄介でごめん……」

 再び沙也葉(さやは)が我に返って平謝りしたのは、翌日のカラオケボックスの中だった。

 終盤のクライマックスは大画面が正義!!とプロジェクタールームを予約し、上映会が開催された。
 現在午後十時。食事は昼も夜もカラオケ屋のフードメニュー。店に来て十二時間、ほぼぶっ続けで見ていたことになる。

「いいよ、面白かったから」
「ほんと?」
「でもさすがに消化不良起こしそうだから、しばらく咀嚼(そしゃく)の時間が欲しいかな」
「そうだよね、ごめんね、私のことは嫌になってもゴーバイは嫌にならないでください」

 しおしおとうなだれる沙也葉を見て、瞳子(とうこ)は吹き出した。

 沙也葉が来てから、淋しくなる暇がない。物理的にはフラフラだが、母を亡くしてからずっとあった(うつ)ろな脱力感はすっかり消え失せていた。

 バーチャル世界の不正と戦うゴーバイラル。パープル担当の紫郷(しごう)リュウはメンバーの中では年かさで上品な色気を振り撒いているが、戦闘はパワータイプで豪快。武器は大剣である。

 この人なら、おしゃれで豪快な料理を作りそうな気がする。

 つい、見ながらあれこれとキャラクターの料理に思いを巡らせ、それが存外に楽しかった。

「ヒーローものなんて初めて見たけど、子ども向けな割にダークな設定に踏み込むんだね。びっくりしちゃった」
「子ども向けを侮っちゃいけないよ。小さい人たちは、面白さに素直かつシビアだから」

 今まで見ようと思っていなかった、新しい世界が拓けてゆく。価値観のリフレッシュが気持ち良くもあった。

「さて、帰って寝ますか」

 瞳子はグラスに残ったドリンクを飲み干し、ソファから立ち上がって伸びをした。


***


「ただいまー」
「沙也葉、洗濯物取り込んで。私お風呂洗うから」
「オッケー」

 瞳子は手早くお風呂を洗い、お湯張りボタンを押した。
 リビングに戻り、洗濯物を畳んでいる沙也葉に加勢する。

「沙也葉、先にお風呂入って」
「瞳子が先でいいよ」
「沙也葉、薬湯(くすりゆ)苦手でしょ。今夜は私、薬湯にしたいから」
「そっか。わかった」

 沙也葉がお風呂に入ったのを見届けて、瞳子は冷蔵庫を開けた。


***


「お風呂空いたよー」

 リビングに入った沙也葉は、漂う出汁の香りに首を巡らせ、ダイニングテーブルに目を止めた。

「……あ」

 テーブルのランチョンマットの上には、小ぶりなどんぶり。
 その脇で、ヒノちがドヤ顔をしていた。

 ヒノちの橫に、吹き出し付箋がついている。

『たいちゃづけ、つくったよ』

「夜食の鯛茶漬けだって」

 キッチンから出てきた瞳子が、ランチョンマットに匙を置いた。

「カラオケ屋でジャンクなものばかり食べてきたから、これで胃腸を整えろって」

 ご飯の上にはごまだれ漬けにした鯛の刺身、海苔とわさびと茗荷(みょうが)と小口ねぎに、温かい昆布出汁がかかっている。

「ああ……あ~!!」

 沙也葉は両頬を覆って身悶えた。

「最高! ありがと、ありがとヒノち~!」

 沙也葉はヒノちに駆け寄り、抱き上げてほおずりをした。

「冷めないうちに食べよう」
「うん、いただき……待って、写真!」

 沙也葉は一度座った椅子からバタバタと立ち上がり、充電していたスマホを持ってきて写真を撮った。

 熱い昆布出汁でレアに火の通った鯛から、上品な旨味が出ている。胡麻が香り高く薬味が爽やかで、なんとも疲れた体に染みる味だ。

「はあ……おいし……完璧すぎる……!」

 顔を上げた沙也葉は涙目になっていた。

「おいしすぎて、涙が」
「そんなに?」

 沙也葉はうなずいて、しみじみと呟いた。

「幸せ」

 やっぱり、料理に喜んでいる人を見るのは最高だ。

 瞳子こそ、幸せだった。